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第255話 ★ 《収穫者》の (孤独) と (希望) をもたらす《光 》の お話 ☆

* * * ______ ______ 初めて、親からその子を紹介され、一目見た瞬間に《収穫者》は、まるで石みたいに固まってしまい動けなくなった。 美しい、と思ったからだ。 同じクラスにも、こんなにも美しい少年だと感じた者などいない。 彫刻のように、冷たく気高い美しさだ。 【こらっ……きちんと挨拶をしなさい】 【……し…く____】 その子の父親にも似た感じの冷たさを感じたが、遥かに桁違いの気高さだ。それっきり、挨拶はおろか顔を背けてしまった、その子の反応を見て思わず身震いしてしまった。 そのあまりの緊張のせいで、その子に対して簡単な返事の言葉すら、うまいこと出て来ない。 【僕、日向っていうの……よろしく――《収穫者》さん】 これは、違う____。 こっちが求めている、冷たさと気高さをはらんだ美しさなど微塵も感じられない。 本当は、そのままだんまりを決め込みたかったけれど、忌々しいことに――今は側に【蛭】がいる。 あまりにも長いことこの家族に対して不自然に、だんまりを決め込んでしまっては――後々もっと忌々しい目に合うことになる。 【蛭】は年のせいか、腰が曲がりかけている。 そのせいで身を屈め、そして今まで長いこと共に暮らしてきた《こちら》にすら、向けてはいなかった笑みを向けながら《人当たりのよい人間》を装いつつも、それが露見しないように巧妙にこっちの尻肉を絶妙な力加減でつねってきた。 とても、とても不自然な――気持ちの悪い笑顔が忌々しくて堪らない。 とはいえ、逃げるすべなんてない。 ここで下手に反抗したら、後々厄介な罰を受けてしまうのは目に見えている。 だから、本当は心の底から嫌だったのだけれども冷たさと気高はをはらんだ少年の兄である日向という《有象無象の雑草》へ向けて、偽物の笑みを返した。 そうしないと、このまま家に帰った後に――《蛭》が喧しくなるのがとっくに分かっていたから____。 これが、気高さをはらんだ冷たく美しい硝子細工のような少年と、《有象無象の雑草》のうちの一人である少年と初めて出会った日____。 * * * ____ ____ 途徹もなくむしゃくしゃして嫌なことがあった時に、一人だけでいつも行く学校の近くにある名もなき小高い山――。 その山の中腹付近にひっそりと存在する【金魚沼】に忌々しい用事があって、その日も来てたのだ。 かなり昔から暮らしている村人達から名前すら付けられていない山にひっそりと存在する【金魚沼】____。 薄情な村人達が、自分達にとって要らなくなった物を捨て去る【金魚沼】____。 小さな山には名前すら付けないというのに、がめつい村人達は【金魚沼】をうまいこと利用してきた。 そもそも、村人達が【金魚沼】という名前をつけたのも、大きくなりすぎて水槽に入らなくなりペットとして必要とされなくなった金魚の死骸を《哀れな金魚の魂を供養する》という、名目上では便利な言い訳を述べている者達が自分達の立場を守るべく、手塩にかけて育ててきた金魚を沼に放つという行為を行ったせいだ。 (村人達は勝手すぎるべ……おいらは――あいつらや、爺ちゃんのような、人間になんかならん……絶対に――あんな醜いやつには……ならんやき____) 両目から大粒の涙を流しながら、時々袖で涙を拭い溜まった毒を心の中で吐きつつ、穏やかな秋風が吹く中で名前すら付けられていない哀れな小高い山に足を踏みいれた。 そんな中、ふと《収穫者》は足を止めた。 いつもならば、誰もいない筈の沼の縁に顔見知りの少年がぽつんと一人で座って、沼の様子など知ったことじゃないといわんばかりに何やら難しそうな分厚い本に夢中となっている。 もちろん、その子はすぐには《収穫者》の存在に気付かない。 (あれは……日向の坊の弟やんか____そういや小さな頃からの顔見知りいうんに今までろくに話したことなかったやき――どんな奴かも、よう分からんわ………相変わらず、他の奴とは違って格別美しいやな) もう一人の幼なじみである《有象無象の雑草》のうちの一人である少年とは、今まで何度も他愛もなく下らない話をしているというのにだ。 むろん、それは《収穫者》自身が心の底から望んでいるからじゃない。《蛭》から睨まれ肉体的な痛みを与えられるのを事前に阻止するためと、それとは別に《綺麗な花になりきれなかった雑草の群れ》から噂されたりするのが煩わしいので、それも未然に防ぐためだ。 そもそも《有象無象の雑草のうちの一人》てある少年といるのが楽しいとすら思わないのだから、関わること自体が無意味だし、時間の無駄なだけだから苦痛なんだ――と思ったところで仕方がない――。 《蛭》とは、なるべく内でも外でも関わりたくないのだ。どやされないように――そう演じているだけに過ぎない。 だが、少なくとも、外で《有象無象の雑草のうちの一人》である日向の坊という少年に話しかけていれば《蛭》から痛いことも受けなくて済むし、地獄のような罰も受けなくて済む。 今は、正に地獄のような罰を《蛭》から強制的に受けさせられているのだが、これを機に、何とかして少年に話しかけてみるのもいいかと思った。 幸いなことに、今ここには普段はいる筈の《蛭》がいない。外面だけはいい《蛭》は、近所の《有象無象の花》達から誘いを受けて、ここ来る途中で何処かへと行ってしまった。 (このまま、何処かへ行ったままなら……いいのに……) ちらり、と――草がぷかぷかと浮かぶ濁った沼の水面へ目線をやると、意図せず今までは熱心に本を読んでいた、その子と目が合ってしまったため、初めて出会った日と同じように石みたいに固まってしまう。 半端ない緊張のせいで、それこそ餌を求める金魚のように、ぱくぱくと口を開けたり閉じたりしてしまった。 「____何?」 ああ、さっきまで本に目を奪われていた少年の――何という美しい声だろう。 目線を本からこっちへ移していても、その瞳の氷のように美しさを秘めた冷たさは、かつて学校の図工室で見た【彫刻】と瓜二つだ。 醜く忌々しい【蛭】によって、無理やり引き裂かれた――初恋。 ろくに想いを告げられずにズタズタに砕かれた【彫刻】に対する初恋の苦々しい記憶を脳裏に焼きつけながらも《収穫者》は目の前の素っ気ない少年から目が離せなかった。 「だから…………何!?あんた、口がついてないの?」 「あっ……お、おいら……おいらは……その____」 うまく言葉が出てこない____。 それは、もちろん一番最初に恋心を抱いた【図工室にあった彫刻】よりも美しく、更に心を揺さぶられるものがあるのかということに対しての衝撃だ。 今は真っ昼間で雲ひとつない晴天なのに、雷に撃たれたかのように身震いしてしまうくらいには強烈な衝撃だった。 『学校の教師から譲り受けたとか、そんなことはどうでもいい……いいか?おめえはこんな下らねえもんに、うつつをぬかしてる暇なんかねえんや!!はよう一人前の収穫者になってこの家を守るために立派な野菜をつくっていくんが、おめえの役目なんや。何や、その生意気くさった目は……。どこの馬の骨とも分からん、あばずれから生まれた息子のおめえをこの家に置いてやっとるんは誰のおかげやと思ってるんや!?』 【蛭】の言う通り、自分は父の愛人から生まれた厄介者の立場だ――と《収穫者》は、かつて怒鳴られながら言い放たれた言葉を思い出す。 父はこの世にいないし、【蛭】は父が連れてきた――(結婚するまでは)愛人だった母を疎ましく思ってる。 【蛭】の息子である父が、何とか言いくるめてくれたおかげで逝去した後も家に住むのを許されてはいるが――家の中での扱いは、とても酷いものだ。 そんな時、学校の先生がくれたのが【図工室に置いていた彫刻】だ。彼いわく、それは自作したものだからとのことで何なく手に入れることができた。 【彫刻】と同じく、学校の先生も――また、この世から一歩身を引いているような――日の光を浴びるのではなく、日の陰にいて影を纏っているような――そんな冷たく美しい人間だったように思う。 しかし、誤解してはいけない。 学校の先生ではなく、【物いわぬ彫刻】に対して恋心を抱いたのだ。 (目の前にいる人間の少年は、完璧なように見えるけれども極めて完璧な訳ではない) ____と、《収穫者》は、この時に気が付いた。 (こちらが求める完璧な状態になったら……しかるべき場所に、この人間を連れてこなくては……それまで、それまでは……じっくりと待つべきだ――あの蛭は忌々しいが……いずれ____) (目にもの見せてやる) と、心の奥深くで思いながらも――収穫者はなけなしの勇気をふりしぼって、自分の名前をそこら辺に落ちていた木の枝で人間の少年に向けて土に書いていくのだった。 それから、人間の少年はどこかへと引っ越ししてしまい味気ない日々が続いた。 * * * ____ ____ しかし、天は《収穫者》を見放さなかった。 つい最近、何の連絡を寄越すこともなく――あの時に出会った人間の少年は外の町から、この村に戻ってきて《収穫者》の目にとどまったのだ。 今でも、【蛭】によって壊された初恋の【彫刻】は金魚沼に沈んでいる。 冷たさをはらんだ少年へ再び近づき、叶えられなかった【初恋】を取り戻さなくては____。 深く、深く胸の内に秘めていた《夢》を叶えるなら――今しかない。 * * *

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