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第256話 (希望)をもたらす《光》が《収穫者》の(孤独)を知った日のお話
* * *
久しぶりに、生まれ故郷であるこの村に戻ってきた____。
そして、再び――この地に足を踏み入れた。
金魚沼____。
いらなくなった物を村人達が投げ入れるという最低な行いが続いている沼。
ここに足を踏み入れた瞬間、とてつもなく強烈な――まるで鼻が曲がりそうなくらいに不快な臭いが漂ってきた。
本当はそっちへ近づいていきなくなんてなかったけれど、目当てのものを掘り返すには行かなくてはならないのだから仕方ないと腹をくくって歩みを進めていく。
既に所々白骨化しかけている――小動物の亡骸。
おそらく、その見た目からして猫だろう。
それをボーッと見つめながら、物思いにふける。
兄の日向にいと、父である日陰と離ればなれになって、どちらかといえば都会にある沖野町のマンションに住んでいたのだけれども、唐突に幼なじみの美智瑠が「久しぶりに村に戻って遊びたい」なんて言ったものだから、本当に嫌だったけど仕方なく戻ってきた。
あのことを思い出すのは気が沈むから、本当は断りたかった。
でも、美智瑠は兄の皐さんと――もう一人の翔くんと共に僕の願いをサポートしてくれた。
それは、もちろん村から出て少しだけ都会的な沖野町で暮らしていくという願いだ。
有力者や他の村人達から、かなり反対されていたにも関わらず皐さんを筆頭にして何とか説得をしてくれて、今でも僕の生活をサポートしてくれている。
大学生で尚且つアルバイト尽くしの皐さんには、頭が上がらない。
それに、父と日向にいにも____。
『もう、日向にいの気味悪い体質にこれ以上付き合うのは……御免だ。だから、この村を出ていく。手紙だけは……書くから____』
この村から出ていく直前、咄嗟に口から出た【嘘】に何となく気付いていただろうに――二人は何も言わずに父は頭を撫でて、日向にいは僕の体をぎゅっと抱き締めるだけだった。
叱りもせず、責めることもなかった。
確かに、日向にいの冷媒体質に巻き込まれ、うんざりすることもあった。
でも、この村から出たのは――【嘘】までついて逃げていたのは、それが原因なんかじゃないのだ。
ある人物に出会ったからだ。
そして、あの日――僕が【過ち】を犯したからだ。
あの日、あの時____何があったのかを話さなくては。
* * *
その人物は、ある日突然――僕に、ある物をくれた。
自分の家で収穫したという、じゃがいも。
そのじゃがいもは、見た目がとても綺麗だった。いらないと言うのも気が引けたから、僕はそれを受け取った。
見た目は綺麗だったけれど、味はとてもじゃないけど食べれたものじゃなかった。
その日を皮切りに、その人物は僕に会う度に物をくれるようになった。
その頻度はとても病的で、とてもじゃないけれど「いらない!!」なんて言える雰囲気じゃないくらいに――不気味だった。
学校が終わった後____。
(学校の校門が見える位置にいて隠れてる)
学校がおやすみの日____。
(家の側にある電柱の陰に隠れてる)
気分転換に家の周りを散歩している時____。
(後ろからついてきて物陰に隠れてる)
友達と遊び終わって、いつもくる山に一人でいる時____。
(音もなく見張ってて先に来て草むらに隠れてる)
そして、運命が決まった――あの日。
『もう、あんた……いったい何なの!?こんなのいらないってば!!日向にいじゃあるまいし、こんな玩具なんていらない……っ……』
あの日、その人物はガシャポンカプセルに入ったヒーロー物の玩具を僕に強引に渡そうとしてきた。それは、クラスメイト達から大人気だったヒーロー物のレアなキャラの小さなトイフィギュア。
色々と限界だった僕は、いつになく強気な態度で、その人物の腕をはたいて拒否をしてしまった。
あの時の、そいつの顔が――今もこびりついて離れない。
そいつは、にんまりと笑っていた。
僕にしては珍しく、かなり強気で口調を荒げてキッパリと拒否したにも関わらず――心の底から満足そうに。
本能的に危機感を抱いた僕は、急いでその場から逃げ出した。
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数日経って、そいつの姿が消えたと村中で大騒ぎになった。
通学路に、三人の村人が話をしていた。
『いきなし、いなくなったんや……あげに可愛がっとった孫やのに………っ____いったい、どこにいるんやろか……』
子供ながらに、いきなり行方不明となった、そいつのおじいさんが村人達に放った言葉は気持ち悪いとさえ感じた。
妙に演技じみている気がした。
それは、そいつのおじいさんの口元が、一瞬歪んだように見えたせいでもある。
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もやもやした気持ちを抱きながら、学校が終わってから一人で【金魚沼】にやってきた。
濁りきった水面に、二つの物が浮いている。
ぷかぷかと浮かぶそれは、どれも見たことがあるものだ。
僕が受け取るのを拒否した、ガシャポンのフィギュア。
それに____、
あの日、それをくれようとしていた奴が履いていた片方しかない運動靴。よく見てみると、【三】という数字が側面に書かれているのが分かる。
それに気がついた時、一瞬にして全身に鳥肌がたった。
季節は夏だというのに、小刻みな震えが止まってくれない。
この金魚沼で何が起きたのかという疑問を考えれば考えてゆくほど、おぞましい事実が頭をよぎったせいだ。
(この沼に……僕をつきまとっていた……あいつが……いる____)
その後、パニック状態に陥った僕は沼に浮かぶトイフィギュアの方を掴みあげると、その存在をなかったことにするべく土に深い穴を掘って出来るだけ急いで、それを埋めたのだ。
以前、ここに来た時と同じく、ぐったりと横たわり微塵も動かない猫が空っぽの目で、こちらの様子をじっと見つめているけれど、この際そんなことなんて気にしている場合じゃない。
(早く……早く――ここから逃げなくちゃ……で、でも……もしも、このまま村にい続けたら――もしかしたら僕が自警団の人や村人達に疑われて変な噂をたてられるかも……)
トイフィギュアを土になるべく深く埋めた後、気を落ち着かせるために両目を固く閉じた。
そして、大切な家族である兄の日向と父の日陰の笑顔がふっと瞼の裏に映し出されたのとほぼ同じタイミングで、別の顔も思い浮かんできた。
あの男____。
この山で出会ってからというもの、一応は幼なじみかつ顔見知りといえども、日向にいと違って、特に深く交流していたわけでもないのにつきまとってきた、あいつは――今や【金魚沼】に村人達が気軽な気持ちで手放したものと同じようにその存在を消し去られ、醒めない夢を独りで見ていて僕を今か今かと待ち続けているに違いないのだと思った。
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そういうわけで、僕はすぐに幼なじみの内の一人である、美智瑠とその兄である皐月さんまでをも巻き込んで村の長達に話をつけると、それから少ししてこの村から出ていき、町で暮らしている。
僕は、今までずっと『日向にいの冷媒体質が嫌で迷惑だから』と言って《嘘》をつき、家族である父の日陰までもを傷つけ、更には自分自身の気持ちからも逃げ続けていたのに必死で誤魔化していたのだ。
だから、今――この場ではっきりと終止符をうつ必要がある。
かつてここで読んだ童話で見た《天の邪鬼》みたいなことをするのは、もう真っ平ごめんだ。
それをするには____。
自分の罪から逃げないためには、まず信頼できると感じた仲間に、あの日に起きたことを話した上で、再びあの金魚沼に行って決着をつけなければ____。
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