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第259話

「しかし、だ……私だって鬼じゃない。キミらが私の願いを聞き入れてくれるのなら危険なことは何もしないと誓おう。どうかな、か弱きニンゲンの子よ?」 その猫のある言葉を疑問に感じたのは、光太郎だけではなかった。 「…………願い?」 ほぼ同じタイミングで、カサネも――更にはこの中で一番怯えきってしまっていて縮こまりながらカサネの背中に隠れている小鈴でさえ、興味を引いたためか、ひょこっと顔を出しつつ謎の猫へと尋ねたのだ。 「そう、願いだ……。それは、ただひとつ……君らには私の相棒ともいえる《あぎ》を……止めてほしいんだ。場合によっては、奴の魂を奪って再起不能にしても構わない。奴は、かつてとは……うって変わってしまった。一人の、愚かで忌々しいヒトの子との出会いによって____」 少しの間、沈黙が流れる。 カサネは、珍しく真剣な顔で光太郎の動向を伺っているし、臆病者な小鈴も彼の背中に隠れつつ、光太郎の出す答えをジッと待っている。 「もしも、お前の願いをこっちが聞きいれたとして――それをすることによって、こっちには……どんなメリットがあるわけ?」 「はて、めりっと?いやはや、今時のヒトの子らの口にする言葉は、私には難解だ。いったいぜんたい、めりっと……とやらは――どういう意味か?今は、このような白猫の姿であり、更にニンゲンではなくなった私には、さっぱり分からないのだよ」 薄暗さと不気味な静けさに支配された森の中____。 目付きをぎょろ、ぎょろとさせながら――【怪異なる者】とは異なる、その猫の緑色に光る瞳が疑心暗鬼にとらわれる光太郎達を試すかのように問いかける。 「____メリットというのは《いぎ》――ここに数百年とどまり続けている貴様の願いを聞き入れたことにより、この子達が受け取ることのできる価値のことだ。つまり、貴様は……その対価として何を差し出すことができるかということ」 更に、思わぬ乱入者の声がひとつ____。 「お、おじさん……っ………!?」 光太郎の目に映ったのは、先程まで物言わず――ただ、ひたすらに後ろをくっついてきた柴犬が自らの叔父である《日和》の姿に変わって【いぎ】へ詰め寄る光景____。 「あい、わかった……。もしも、君らが《あぎ》を止めることが出来るというのならば……私は君らに協力しよう。ヒナタとやらが誰かは分からぬが……危険な目に合っているのも、忌々しい【収穫者】と共に《あぎ》といるのも私には分かっている」 光太朗は、ちらり――と叔父である日和の様子を確認する。 すると、日和は無表情のまま、こくりと頷いた。 「何よりも……日向にいを、助けたい。それに、いい加減……夢の中にまで付きまとってくる忌々しくてウザったい【収穫者】とも……蹴りをつけたい」 光太郎は、決意を込めた言葉を口にする際に無意識のうちに固く両目を閉じる。 すると、その直後に暗闇に包まれる瞼の裏に――ある物が浮かびあがった。 それは、古ぼけた長い鎖付きの銀色の懐中時計なのだった。

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