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第261話

あまりにも唐突すぎたカサネの行動に驚いた光太郎達は一斉に音のした方向へと振り向いた。 「……カサネ?」 すぐに、声は出なかった。 何故なら、カサネが凄まじい怒りをあらわにしながらも――ポロポロと涙を流しているからだ。 それだけじゃなく、怒りをどうにか堪えるべく思いっきり握りしめられた両の拳がぶるぶると震え続けているのだ。 ニンゲンのように涙を流す【怪異なるモノ(実際には元怪異なるモノだけれども】なんて今まで見たことも聞いたこともない。 「おれは、元々は怪異なるモノだったから……ニンゲンや石鬼とやらの気持ちなんて、よく分からねえ。だから、どんな思いでニンゲンのミオウとやらが石鬼とやらの存在をヒナタやコウタロウに隠しとけっつったのかも詳しくは知らない……けどよ____今、そんなことはどうだっていいだろ?」 精一杯に怒りを抑えてるといわんばかりに絞り出すように他の皆へと思いを伝えると、ふいにカサネは日和の方へと一直線に歩いて行く。 「今はヒナタを――あの、どうしようもないくらい弱虫なヒナタを助けにいくことが何よりも大切だろうが!!それなのに、てめえら____特にヒヨリ……っ……てめえときたら、やれ《石鬼》と《ニンゲン》――それに《怪異なるモノ》の関係がコウタロウにバレたらどうすればいいんだ……だの、ミオウさんに顔向けできない……だの、ぐちぐちと情けねえことばっかり考えやがって!!」 カサネは怒りをあらわにしながら、己に瓜二つな格好の宿主である日和の胸倉を乱暴に掴む。 さすがに殴りかかることはしなかったものの、少し時間が経ってからも眉間にシワを寄せ続けていることから、カサネから日和に対する怒りは相当なものだと光太郎は勿論のこと小鈴でさえ理解できた。 何かを思い詰めたかのような、そんな叔父の顔を今まで光太郎は目にしたことさえなかったし、正直にいってしまうと、どっちかというと兄である日向のことを可愛がっていた叔父に対して興味を抱いたことはほとんどといっていいほどなかったのだ。 この叔父さんに対しての、もどかしい気持ちは――いったい何なのだろうと光太郎は何度か心の中で自問自答してはみたものの、すぐには明白な答えは出そうにないと諦めた。 「と、とにかく…………今は仲間割れしてる場合じゃないんじゃない?今は、懐中時計を探さなきゃ……でも、どうしてあんな古臭い懐中時計なわけ?」 今起こったことを半ば強制的に忘れようと、光太郎は退屈そうに何十本もある尻尾を揺らし続け、なおかつ此方の動向を見守るだけたった【いぎ】へと尋ねてみる。 「____黒陽石。かつて、はるか昔……この不思議な石に深く魅了された医師の男がいた。王が国を支配し、それを支える守子という存在が多数いた時代のことさ。黒陽石には未だに謎が多いが、それを見たことや愛着を示したりすると一部のニンゲンが怪異なるモノね変貌してしまったり、または生まれながらにして黒陽石の恩恵を受けたニンゲンは虚弱体質になったり霊が見えたりするが他の者に危害を加えない石鬼となることがあるというのは、恐らく間違いないだろう。いずれにせよ、怪異なるモノに変化するのも石鬼として存在するのも黒陽石の力……呪いと恩恵によるものさ」 「いったい何の話をしているの…………?」 「いいから、年寄りの話は黙って聞くものさ。その医師だった男は黒陽石を色々なものに加工した。その不気味なほどに黒く輝く美しさを世のニンゲン達へ伝えるためにな。そして、かつて単なるニンゲンだった我々が過ごしていた時によく通っていたある場所に文字盤が黒陽石で作られた古時計……」 未だに《いぎ》が何の話をしようとしているのか納得しかねる光太郎達だったが、ふいに木の枝を咥えつつ地面に文字を書いたため一同は驚きながらも真下へと目をやる。 《オガサア 室茶喫 》____。 地面には、決して上手とはいえないものの――かろうじて此方が読める文字で書かれている。 まあ、元怪異なるモノのカサネと小鈴が読めるかは定かではないが。 【いぎ】の話は、まだ続いていく。 「それは恐るべき惨劇を引き起こす、きっかけとなった」 当時を思い出すように、《いぎ》はゆっくりと目を閉じる。遠くの方、山の向こう側から烏の鳴き声が微かに聞こえていて、夜が着々と近づきつつあることを光太郎も他の皆も分かっていたが何故だか昔話に惹き込まれていく。 「ある喫茶店の常連客で一人の女学生が大勢の客と店員を惨殺した____」 「彼女の白い手袋は真っ赤に染まったが、我々は彼女が手袋を口元に寄せて微笑む様が大好きだった。惨劇が起きたのは16時44分。あく……いや《あぎ》との待ち合わせは16時45分だったが我はその日に限って一分遅れてしまった。約束に間に合わなかったのだ……そして、その後にニンゲンだった我も女学生によって命を奪われた」 「今にして思えば、彼女が毎日のように引き連れていた白猫も彼女が怪異なるモノに変貌する、きっかけとなったのだろうな。今我々がこのような姿となったのも、あの日の呪いのせいに違いない――というのも、此処こそが《あさがお喫茶店》のあった場所であり、我を永遠に【白猫】の呪いによって閉じ込めているのだ。あの日、《あぎ》が身に付けていた朱に染まった懐中時計さえ見つければ……少なくとも今よりは何かしら出来そうなものだが____あいにくと今の今まで見つけることは叶わなかったのさ」 暫くの間、黙って《いぎ》の言葉に耳を傾けていた。先程まで、己の主人である日和に途徹もない怒りの言葉を放っていたカサネでさえもだ。 ふと、ここにきて急に地蔵の如く黙っていて身動きすら碌にしておらず、ずっと目を閉じていた日和が目を開ける。 そのため従者であるカサネに怒鳴られて言葉を失う程にショックを受けていると光太郎は思っていた。 「つまり、だ……日向を救うためには……どうにかして懐中時計を見つけないといけないというわけだな?」 「だから…………さっきからずっと、この気味悪い猫がそう言ってるじゃん。叔父さん、寝ぼけてたの?それとも、カサネに子供みたいに怒られて……そんなにショックだったわけ?」 「さあ、どうだろうな。ただ、お前たちにとって……私というものは不甲斐ない存在であることは嫌というほど理解できた。全てはカサネのおかげだ。私は____いや、何でもない。それでは私が責任をとって懐中時計を探すことにしよう」 その後、日和は光太郎たちの目の前で――この場に着く前から後ろを付いてきていた【犬】へと姿を変えると、そのまま湿った土に鼻先を近付けるのだった。

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