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第265話

その直後のこと____。 今まで僕らを威嚇することはあっても直接危害を加えようとする素振りさえ見せなかった不気味な猫の片割れ――【亞戯】が遂に我々の前に立ち塞がり敵意をあらわにする。 【あぎ】は、畳の上に横たわり屍と化した竹造さんの首筋に牙を突き刺した。 すると、竹造さんの体がみるみる内に、まるで空気を入れた風船のようにブクブクと膨れあがっていく。 その姿は、さながら血を吸って巨大化したヒルのよう____。 「憧れてた筈の花蓮さんを突然失って、挙げ句の果てに、こんな酷いことになって……っ…………可愛そうな、竹造さん。でも、ごめんなさい。夢月も翔くんもクリスさんも……僕らにとって、欠けがえのない大事な人なんです……だから、僕らに返してください」 既に怪異なるモノと化した竹造さんの体内から突如として飛び出てきた【錆びた鎌】の先端が、泣きながら訴える僕の首筋の血管に向かって突き刺さりそうになった。 だが、首筋に【錆びた鎌】の鋭い先端が触れることはない。 突き刺さる直前に、突如として【怪異なるモノ】に変貌した竹造さんだった筈の存在が動きを止めたからだ。 何よりも不気味なのは、僕らに対して敵意を抱いている筈の猫の片割れ【亞戯】が、操られたというよりは恐らく意図的に動きを止めたであろう【怪異なるモノ】の竹造さんの様子を怒鳴る訳でもなく、ただひたすらに一瞥していることだ。 何故、今や【怪異なるモノ】と化した竹造さんが自分の意思で僕の首筋を突き刺そうとしてくる動きを突如として止めたと思ったのか____。 それは、いつの間にか彼の真下に水溜まりができていたからだ。 おぞましいとしか言い様のない《怪異》のせいで生き血をたっぷり吸ったヒルのような風貌にさせられてしまった竹造さんは正に今――泣いているのではないか。 そう思ってしまったせいもあり、余計に胸騒ぎを感じてしまう。 (何か……これから、また何か大変なことが起きそうな____) 待って。 どこかから、軋む音が聞こえてくる。

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