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第266話

田舎にはありがちなことだけれども、村の住居は木造が殆どであり、その中にはかなり年数がたっているものもある。 僕の家も昔ながらの木造建築だし、この村の権力者である【松聡院家】【竹瞠院家】 【梅后院家】の、それぞれの屋敷が古くから伝わる洗練された木造建築であり、外部から取材に来る程に村全体の誇りとなっている。 だからこそ、どこから軋む音が聞こえてくるのかピンときた。 階段だ____。 誰かが、ゆっくりと半ば腐りきっているのではないかという古くなった階段を登ってきて――しかも、この部屋へ確実に向かってきているのだ。 (そんな…………いったい誰が……っ____) ふと、焦りを覚える僕の頭の中に一人の人物が思い浮かぶ。 既に、この家の主だった竹造さんは【怪異なるモノ】に浸食されており、その孫である作三さんは【謎めいた亞戯という猫】に憑依され尚且つ完全に操られてしまい悪事に身を染めている。 そして、この家は三人家族であり作三には兄弟姉妹は存在しない。 作三の父親は存在するが、そういえばここ最近は姿を見ていない。 その時、だ____。 僕の頭の中で作三の父親という存在を思い出した途端に、 『とん……とっ……ととん…………』 確かに、僕の耳に何かを叩くような音が聞こえてきた。 でも、日和おじさんやカサネ――それに小鈴には聞こえていないみたいで、音が聞こえてきた方へ目線すら向けることはない。僕よりも遥かに賢くて、父さんに似て神経質気味で些細な変化を気にかける光太郎ですら気付いていないのか、軋む音が聞こえてきた階段の方へばかり敵意のこもった目線を向けている。 普通なら、気のせいか――と忘れることが正解なのだろうけど、僕はどうしても階段から聞こえてきた軋む音よりも、この部屋のどこかから微かに聞こえてきた何かを叩く音の方を何とかすることの方が大切なような気がした。 だから、自然と足がそこへと向かって動いていた。 (ここだ…………この押し入れ____ここから確かに聞こえてきた……) 押し入れに手をかけた、その直後____、 「日向……っ____すぐに、そこから離れるんだ……っ……!!」 日和おじさんの鬼気迫る声が聞こえてきて、慌てて背後を振り向いた。 すると____、 「嫌だわぁ……お父さんったら、またここに変なものを……しまいこんでいたのねえ____」 「最近、なにもかにも忘れっぽいし……本当にぃ……嫌だわぁ……」 作三さんの母《初実さん》が、非常にゆっくりとした口調で同じことを繰り返し繰り返し呟きながら、いつの間にか背後に立ち優雅な立ち振舞いで余りの怖さに動けなくなった日向を見下ろしている。 口元には、昔から何度も目にしてきた穏やかな笑みを浮かべたままだが、それが今はひたすらに恐ろしい。 すぐにでも、逃げ出したかった。 初実さんが持つ包丁の鋭く光る切っ先が、明らかに自分へ向けられていると理解しきっているから____。 でも、ここにきて逃げ出す訳にはいかない。 迫りくる包丁の刃を咄嗟に身を反らすことで何とかかわす。それでも、普段の正気を保てていない初実さんはどうにかして、僕の命を狙うべく再び腕を振り上げる。 「……ぐ……っ……ぇぇぇ……っ____」 その直後、人間の女性の口から発せられたとは到底思えないような呻き声が部屋に響き渡る。それは、まるで首を締め上げられる鳥の断末魔のよう____。 恐る恐る目線を向けると、今まで此方を見守るばかりだった日和おじさんが鬼のような形相で手に持った札を彼女の首元に貼り付けているのが見える。 あんな日和おじさんの怒った顔は、生まれてきてから今までに見たことがなかったから____おじさんには悪いけど、少し怖い。 「日向……っ____何してる、今のうちに行け!!」 おじさんの怒鳴り声が聞こえ、びくっと体を震わせながらハッと我にかえる。初実さんは、そのままドサッと畳の上に倒れてしまった。 (そうだ、僕にはやらなくちゃいけないことがあるんだ……っ____) 急いで、押し入れに駆け寄った。 そんな状況ですら不気味な猫の片割れ【亞戯】は、僕に何もしようとしてこない。 僕がずっと待ちわびていたであろう出来事が、この中で起きている筈だと心の中で思い浮かべながら、決して広くはない押し入れの中を見渡してみる。 灯りなど殆どない暗闇が広がるばかりの押し入れの床に、見慣れないものが何個も置いてあることに気付いた。 おそらく初実さんが言う《変なもの》とは、これのことなのだろう――などと思ったのも束の間、ある事実に気付く。 円形のそれの表面に人物の絵が描いてあるのだが、その中のうち特に目を引いた二つは僕が知っている人物の顔つきにとてもよく似ている。 丁寧に色まで塗ってある、その表面の絵は《幼なじみの翔くん》と《翔くんの好きな外国人のクリスさん》に、そっくりなのだ。 「日向にい……これで、もうわかったでしょ?この呪場が与える本当の恐ろしさは、現実から目を逸ら続けて挙げ句の果てに人間でなくなったロクデナシの作三だけでも、ましてや、この不気味で忌々しい猫たちの存在だけでもない。かつて救えなかった過去という未練に縛られ続け、何の関係もない人を巻き込む竹爺だって恐ろしい存在っていえるんだよ____」 光太郎の容赦ない氷のような目が【怪異なるモノと化した竹造】へ向かって容赦なく突き刺さる様を目の当たりして、僕はどうにもいたたまれない気持ちになってしまう。 「竹爺……聞いてもいいかな?」 【……………】 答えは、返ってこない。 「何で竹爺は、彼らをここに閉じ込めておいたの?わざわざ昔の玩具の姿で閉じ込めておくのは、どうして?何か理由があるんだよね……分かるってるよ」 【………ぃ……じ…………】 すると、今まで黙ってばかりだった【かつて竹造だった筈の怪異なるモノ】の口と思われる部分から小さく返事が聞こえてきたため、僕は安堵して思わず笑みをこぼしてしまうのだった。

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