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第267話

しかし、怪異なるモノと化した竹造さんの良心がまだ僅かに残っていることに対して安堵した直後、心のどこかで恐れていた出来事が実際に起きてしまう。 竹造さんと押し入れに気をとられていたせいで、いつの間にか気絶していた筈の初実さんの姿がその場から消え去っていたことに、ようやく気が付いたのだ。 更に、近くにいたはずのカサネと日和叔父さんの姿も見当たらない。ただ、不安そうに辺りをキョロキョロと見渡しながら佇むばかりの【小鈴】がいるだけだ。 「小鈴、叔父さんとカサネは何処に行ったの……それに、初実さんは何処に……っ____」 問いかける声が、震えているのが自分でもよく分かる。 【ご……ごめんなさいっ____カサネさんと旦那様から、ヒナタさんたちには言うなっていわれてしまって。それに、お二人がどこにいったかはシャオにも分からないんです……っ____】 小鈴の言う通り、日和叔父さんとカサネはこっちには何も告げる気はなく一瞬のうちに 何処か別の場所へと移動してしまったのだろう。 「日向にい……いっこ聞いていい?何で、鳩が豆鉄砲くらったみたいな情けない顔してるわけ?」 「だ……っ……だって、何も告げずに二人共どこかに行っちゃったんだよ。それに、初実さんまで……。光太郎は、心配じゃないの?」 そう問いかけると、光太郎はため息をひとつついてから、押し入れの方へ向けて歩いてくる。慌てふためいている僕とは違って、光太郎は全くといっていい程に動揺していない。 「あのさ、日向にい……カサネと叔父さんが何も告げずに移動したのは日向にいを心配しているからだよ。それに、この古くさい日本人形だけをここに残したのも意味がある。この日本人形は どちらかというと守備的な怪技しか使えない……それは日向にいにも分かってるよね?」 僕は、不安げな表情を浮かべつつも弟の言葉を遮ることはせずに、こくりと頷く。 「それに対して叔父さんもカサネも、攻撃的な技を使える。それって、つまりはこれからあの忌々しいネコの片割れと対峙するってことだ。対峙するにはうってつけの場所があるじゃないか。っていうか、どうしても其処じゃなきゃ駄目な筈なんだ……ましてや、おばさんを連れて行ったのなら尚更のこと____」 「金魚沼のある、あの山____?つまり、叔父さんとカサネはあの山にいるってこと?それに、シャオリンをここに残したのは怪異が終わって元に戻った翔くんやクリスさん――他の人達の回復をしてもらうため。光太郎、やっぱり……賢いね」 そうして、今度は光太郎がこくりと頷いた。 「もしかして、光太郎はずっと作三さんの病気について調べてたの?やっぱり誰よりも作三さんのことを心配してくれてたんだ?」 「べっ……別に____あんなやつのこと、心配してたわけじゃないしっ……!!」 光太郎は、そっぽを向いてしまう。 いつの間にか、怪異にとり憑かれている作三さんの姿もここにはない。 「それに、今は作三をこんなことに巻き込んだ、あの亞戯とかいうネコに対しての怒りしかない……日向にいにだって分かるでしょ?」 ふと、光太郎の声色が極端に低いものになったことに気がついて慌てて弟の方へ目を向ける僕。 『絶対に……奈落の底に引きずり込んでやるんだから____』 まるで、弟の筈なのに弟じゃないように感じたことに半端ない恐怖を覚え、身を震わせてしまうのだった。 ______ _______

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