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第268話
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僕達が不気味な程に霧に包まれ静寂に支配されている【金魚沼】に辿り着いた時には既に日和叔父さんとカサネは戦闘態勢に入っていた。
ただし、僕が思っていた状況とは大きく違っていて日和叔父さんもカサネも地に蹲って苦痛に顔を歪めている状況なのが見てとれる。
僕はてっきり、日和叔父さんもカサネも戦闘に慣れているから、こんな弱虫で卑怯者の【収穫者】も未だに明確な目的も正体すらも掴みきれていない【亞戯】ですらも華麗に退治してくれているはずだと思い込んでしまっていたのだ。
「まったく……日向にいってば相変わらず夢見がちなんだから……。あのね、この怪異は相当根深いものだからかなり厄介だよ。あのカサネとかいう怪異なるモノが全力で戦ったとしても、それに叔父さんの呪殺具を利用したとしても____この怪異はそれだけじゃダメなんだ」
安易に踏み込むのは危ないと判断したため、僕と光太郎は草場の陰に隠れながら現状を把握していた。
「で……っ……でも、僕らには二人と違って戦闘する術がないんだ。僕らは子供なんだよ……日和叔父さんみたいに特別な《力》があるわけでもないし、そもそもカサネは元々は《怪異なるモノ》なんだから……二人みたいに特別な力があるわけじゃ____な………」
こんな話をしている最中にも、地に伏した二人は【収穫者】、【亞戯】、更には無理やり操られ攻撃を繰り出させられている【蛭】から追い詰められていく。
やはり、回復役である《シャオリン》がこの場にいないというのは二人にとって相当苦しい戦況だということが見てるしかできない此方側からも察知できる。
「しぃっ…………日向にいったら、そんな大きな声を出さないでよっ____せっかく奴らに気付かれないように隠れているのに。でも、そんな顔をしてるってことは何かいい案が浮かんだわけ?」
できる限り小声で問いかけてくる光太郎を一瞥してから、僕は人差し指を立てつつ唇へそっと当てる。すると、光太郎は黙り、今度は僕の行動を見守ってくれた。
僕は慎重にそこらに落ちている平たい小石を拾い上げる。
正直に言って、うまくいく自信がない。
でも、このピンチといえる状況に一筋の光を取り込める可能性があるのは、この方法しかない。
今更、作三さんの家まで戻るのは効率的とはいえないし、それに《シャオリン》や翔くん達にまで危険が及ぶ可能性が高い。
ただ、ひとついえるのは――かつて【この噂】を意気揚々と話してくれたクラスメイト達に感謝するしかないということだ。村の大人達は殆どこの【噂】を信じてはいなかったし、それどころか、はなっから《嘘》だと決め付けていた。
だけど、僕はずっと不思議に思ってた。
どうして、村人の皆が当然のように《思いのこもった存在》を捨てる小さな沼に【金魚沼】なんていう魚の名前がついているかって____。
捨てるものが、全て魚なんて限らないじゃないか。
動物にしたって、《人間》や《亀》――あるいは《虫》とかもいるんだから、わざわざ【金魚沼】と名付ける必要性はないんじゃないかって____。
『金魚沼にはね、昔から沼の奥底に住み着いてるヌシがいるんだって!!』
『たまに、満月の夜にひとりでに姿を現すんだってさ。かなり昔の格好をした男の人らしいよ?』
『違う、違うわよ……ヌシは住み着いてるらしいけど、呼び出す方法は全然違うんだってば。まったく、これだから男子って人の話を聞かないのね。あのね、いい?こうやって呼び出すのよ____まず、小石を……』
クラスの中でも人一倍強気な女の子は水切りを行い、沼のヌシを起こさせるのが正解だと言っていた。五回成功させれば、不思議な力を宿したヌシを沼の底から目覚めさせることができると自信ありげに語っていたのを思い出す。
(何度も挑戦する時間なんてない……日和叔父さんもカサネも亞戯が操ってる作三さんや竹爺の攻撃で弱ってるし、人質として初実さんだってあそこにいる……奴に何をされるかなんて分からない……っ____)
「ねえ、日向にい――まさかと思うけど、ここにきて昔にここで起きた惨劇が新聞に書かれていた通りの内容だったって……信じてる訳じゃないよね?」
僕は隣から聞こえてきた光太郎の低い声に対して、左右に首を振る。
「分かってる……鈍臭い僕にだって分かっちゃったんだ。だからこそ、どうにかしなくっちゃ……僕には、その責任があるんだ」
昔、日和叔父さんが家を出ていく前に《水切り》のコツを教えてくれたのは日和叔父さんだ。
父さんからは『川になんか、水のある場所になんか行くんじゃない……っ……!!』と眉間に皺を寄せながら頑なに説教されていたし、当時は夢月とも出会う前だった。
父さんの目を盗んで、心優しい叔父さんは何度も教えてくれたんだ。
緊張を何とか振り払い、僕は五回の《水切り》を成功させることができたのだった。
だけど、沼の水面に五個の水紋を浮かべさせることができても――すぐに異変は現れることはない。
しかし、それは突如として起こった。
【金魚沼】の奥深くから女の人の悲鳴が聞こえてきたのだった。
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