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第270話
【どうだ、これが……あの日の真実さ。満足したか、下等なニンゲンどもが……っ……!?】
静かな山の中に、ひときわ大きく亞戯の吐き捨てた言葉が響き渡る。
「つまり元々、怪異なるモノは喫茶店にきた花蓮さんとは別の女の人に憑いていて……しかも、亞戯――いや阿久津という男の人は、いわば被害者でもあるってこと――だよね?」
それを聞いて、あろうことか僕の心は揺らいでしまった。僕は、てっきり亞戯が【悪意】を持って《あの日》の真実について一部分を隠して嘘を言っていたのだと思っていた。
しかし、亞戯こと阿久津という男の人が【あの日の被害者のうちの一人】であるというのであれば、話は変わってくる。
たとえ、この世から去ったとしても魂に深い傷を刻み『どうしても、あの日の真実は隠しておきたい。既に肉体は消え失せ長い時が経っても思い出し増してや他人に話すのは辛すぎるからだ』という思考から黙っていたとしたら【悪意】があるとはいえないと思ったからだ。
【そうさ、被害者なんだよ……俺はなぁ。そっちの下等なニンゲンは分かってるみてえじゃないか____だが、そこの下等なニンゲン……てめえは何か言いてえみたいな顔をしているなぁ……】
亞戯の吐き捨てた言葉を聞いて、僕はずっと隣にいて一言も喋らない光太郎の方へと目線を向ける。確かに、光太郎は何かを言いたそうな顔をしている。
微妙に口元が歪んでいるものの、目が笑っていない。
それすなわち、彼が本気で怒っている時のクセだ。
「____被害者?まあ、確かにお前が被害者じゃないとは言えない。この惨劇のきっかけは、明らかにその女性徒がきっかけになったせいだからね。でも、お前の行動は明らかに矛盾してる。たとえ被害者だとしても、あんな行動は普通な人なら絶対にしない。怪異なるモノには基本的には《知性》なんてないから――」
「えっ…………?」
恥ずかしいけれど、弟が何を言おうとしているのか僕には分からず首を傾げて間抜けな声をあげてしまう。
「日向にい……こいつに黙されないで。こいつは、作三____いや、それ以上に卑怯な奴だよ。そんなこいつの卑怯さが、花蓮さん……それだけじゃなく多くの人を犠牲にしたんだ。それに、こいつだけじゃない。この場には、もう一人――卑怯な人がいる。何かを知ってるんでしょ、ねえ……叔父さん?」
矢のように鋭い瞳で、光太郎は先程から傷ついたカサネの手当てをしている叔父さんへと容赦なく問いかける。
すると、
「ヘビの怪異…………」
叔父さんはぼそっと答えるなり、僕らから顔を背けてカサネの看病に専念してしまう。
どことなく、わざと僕らから顔を背けるように見えたのは気のせいなのだろうか。
(叔父さんは、僕にそんなことをするような人じゃないのに……っ____)
何かが分かるようで、分からない――そんな微妙な答えを聞いて僕と光太郎はモヤモヤした気持ちを抱いたままだったが、意外なことに【亞戯】の反応は僕らのものとは大いに違うものだと気付く。
【そうさ、ヘビの怪異さ……忌々しい、あの怪異なるモノの呪い力のせいで……あの日、大切なものを失った。俺の命と、それと同じくらいに大切な伊織田の命____俺が呪いの反動のせいでこの世から消えていなきゃ……イギ、お前は命を失うことはなかった】
【阿久津…………っ……つまり、僕は――僕はあの日――そうだ、既に肉体から魂が去った君を追って……自分で……っ____】
阿久津こと【亞戯】は、かつて相棒兼同級生だった【イギ】こと伊織田の元へ近寄っていくと、震える両手で彼の体を抱きしめる。その顔は互いに苦悶に満ちており、端から見れば悲劇によって引き裂かれた者達が織り成す憂鬱な雰囲気が辺りに醸し出されている。
「ねえ、そんな茶番は見たくないし聞きたくもないから、もしもやるんなら後にしてくれない?日向にい、これを見ても……そこにいる阿久津は被害者っていえる?」
だが、ただ一人その雰囲気を壊そうとする者が容赦なく口を開く。
もちろん、日向とは違って先程からずっと不快な表情を浮かべ続けている光太郎の低い声だ。
そんな光太郎は、ズボンのポケットからあるものを取り出す。
そして、無言のままそれを僕の方へ差し出した。
丁寧に四つに畳まれた、一枚の紙____。
少し黄ばんでしまっていることから、かなり古いものだということが分かる。しかし、古いといっても決してボロボロになってしまっているというわけではなく保管状態が良かったのか特に破れたりはしていない。
「日向にいには黙ってたけど、これ……竹爺の押し入れにあったんだ。気付いてなかったでしょ?あんなに青白く光ってたのに、日向にいは見向きもしなかったから____」
注意深く紙を開いてみると、鉛筆で絵が描かれているのが見えた。
それは、どう見ても《あの日》――喫茶店で起きた惨劇の構図であり、しかも不思議なことに、この絵は動いているのだ。僕が、瞬きをする度にシーンが変わっている。
醜い笑みを浮かべた【阿久津】が客や店員達を手にかけ、更には凄まじい怒りを孕んだ表情で花蓮の手に凶器を握らせ、挙げ句の果てに同級生であり相棒でもある【伊織田】の命を自らの手で奪う光景が飛び込んでくる。
【阿久津】が呪いの反動によって地に跪き高笑いをした後に徐々に黒く塗り潰されていくのが、この絵の結末_____。
光太郎の言うとおり、僕は間違っていた。
【阿久津】は哀れな《被害者》なんかじゃない。
【阿久津】は今まで出会った怪異なるモノの中でもひときわ質の悪い《加害者》なのだ。
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