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第271話
「日向にい、これはあくまでも憶測だけど多分あの惨劇が起きた日に、絵描きを生業とする人が店にいたんだと思う。そして、何らかの怪異なるモノがその人についていて、しかもかなり変わった特性を持つ怪異なるモノが憑いてた気がするんだよね」
「それ、どういうこと?」
「詳しいことは分からないけど《無機質なモノ》に憑依して力を発揮する種類だったんだと思う。つまり、怪異なるモノの力には何種類かあるんじゃないかな……。とにかく、絵描きの人の鉛筆にでも憑依していたんじゃないかな。それで、その人も惨劇に巻き込まれて命を失う直前に《力》を発揮したんだ。そのおかげで、亞戯が卑怯者だって分かった――その後、竹爺がこれを見つけて誰にも言えずに押し入れに仕舞ってたんだ」
____と、光太郎が僕にでも分かりやすく説明してくれた直後のことだ。
【この……クソガキが……っ……!!てめえに何が分かるっていうんだ……俺だって、こんなことしたくはなかったんだ。でも、彼が____竹造くんが、顔だけが自慢の……あんな醜い女と永遠に幸せになるなんて言うから……っ____あんな女より、俺の方が上なのに……勉強だって運動だって……あ……っ……あんな女よりも俺の方が……俺の方がぁ……っ……】
凄まじい呻き声をあげながら着実に追い詰められつつある亞戯は、それから思いも寄らない行動にでる。
【このクソガキが……っ……てめえにだってあるんだろうが……っ……!!そこにいるガキに負けたくない、自分の方が上なのにっていうドス黒い感情がよぉ……分かるぜぇ、てめえはパパのことが大好きで大好きで堪らねえんだよなぁ……でも、パパから見向きもされてねえ――いいか、ニンゲンの劣等感なんだよ。あのおかっぱ女が俺に移しやがった怪異なるモノとやらの大好物はな。こうなったら、てめえも飲み込まれろ……道連れだ】
醜く吐き捨てながらも、本性をあらわにした【亞戯】が今度は僕など見向きもせずに明確に標的を光太郎へと定め、まるで山林刃のような形状の鋭く尖った爪で弟の首を切り裂くべく襲いかかる。
「こ……っ____光太郎……!!」
流石に焦った表情を浮かべる光太郎が慌てて避けようとしたが、間に合わず攻撃を喰らってしまったが故にバランスを崩して
背後は、金魚沼の水面____。
特別な力を宿す金魚草は、まるで糸が切れたかのように微動だにしない。
僕が願ってたことが既に叶ってしまっていたから____。
それでも、僕は必死で身を乗り出して沼に吸い込まれるように落ちゆく弟の体を引き上げようと目一杯に腕を伸ばす。
だが、もちろんそれを【亞戯】は許さない。
むしろ、今のこの状況は【亞戯】にとって邪魔くさいニンゲンである僕らを葬る絶好のチャンスの筈だ。
だが、正に光太郎だけじゃなく僕もろとも【亞戯】が沼へと引きずり込むべく攻撃を仕掛けようとした瞬間、僕の目に予想だにしない光景が飛び込んでくる。
勢いよく、小石が何度も弾ける水切りの光景____。
【絶対に……奈落の底に引きずり込んでやるんだから____】
無機質な【イギ】――いや、もはや今のこの低い声色は【伊織田】という哀れな男の人の心の底から響かせた声なのだろう。
伊織田の思わぬ行動によって、金魚草が再び動き出したのだが、それは僕だけでなくあろうことか【亞戯】にとっても予想外のことだったようだ。
【伊織田……っ____お、お前……何をする気だ……っ……まさか……まさ……か……ぁ……っ……!?これから、これからだっていうのに……あの御方に認められるために……っ____尽力しようとしてた矢先に……っ……くそっ……くそがぁ……】
断末魔が、森に響き渡る。
【…………】
伊織田は、何も答えようとしない。
しかし、それとは裏腹に金魚草に異変が起こる。
金魚草が最初とは比べものにならないほどに沼全体を覆い尽くすほど巨大化していき、沼の中へと落ちそうそうになっていた光太郎の体は葉っぱに優しく包まれ守られてゆく。
だが、その直後のことだ。
光太郎を覆う葉っぱ以外の部分は急速に枯れていき、茎は茶色くなり色鮮やかな花びらは消失し、代わりにドクロそっくりな種さやが何個も現れる。
その種さや全てがそれぞれ別の声色で【亞戯】――いや【阿久津】に対する怨み事を繰り返し吐き捨てながら、一斉に体に巻き付いていき、やがて深い沼の底へと引きずりこんでいく。
「これで、僕らはずっと____」
「永遠に、いっしょ…………」
やがて、伊織田も後を追うように自ら沼の底に飛び込み森の中は静寂に包まれる。僕は、もちろん弟を助けるために巨大な葉っぱが落ちた場所まで血相をかえて駆けよる。
「日向……っ……光太郎は怪我をしている。すぐに病院まで連れて行った方がいい____私が連れていくから、お前は先に帰っていなさい」
(日和叔父さん、ヘビの怪異って……いったい何のこと……)
(日和叔父さんは……どうして知ってる筈なのに何も教えてくれないの……)
本当は、そう聞きたいのに何故だか聞いちゃいけない気がして何も聞けないまま、叔父さんと光太郎――それに気絶してしまっている初実さんは病院へ行ってしまった。
【ヒナタ、お前……何であいつに聞こうともしなかったんだよ?ヘビの怪異とやらのこと、気になってんだろ?顔に書いてるぜ____】
「ううん、日和叔父さんに……これ以上余計な迷惑かけたくない。だから、これでいいんだよ。でも、心配してくれてありがとう……カサネ」
【べ……っ……別に心配なんてしてねえよ、つーかお前がいいんならいいけどよ。とにかく、一人で抱えこむのだけは止めとけよ?シャオリンのこと迎えに行ってやるから、また後でな____】
____と、カサネまでもがこの森を去ろうとしていたため背中を見送っていると、ふいに近くから視線を感じた気がしたため慌てて辺りを見渡してみる。
しかしながら、周りには誰もいない。
(気のせい、だよね……叔父さんの言うとおり僕は家に帰ろう____明日も学校はあるんだから……)
そんなことを言っていると、急に大粒の雨が降ってきた。当然、ここに来る時には快晴だったから傘なんて持ってきていない。
こうして、僕は急いで森から出て父の待つ家へと帰って行くのだった。
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