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第272話
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それから数日後、僕達は初実さんと共に花蓮さんのお墓参りに来ていた。
正確に言えば【あの日】の惨劇で犠牲になってしまった人々の無念を払拭し、皆が成仏できることを祈るためのお墓参りだ。
とはいえ、世間一般でいうところの本格的なお墓参りに来たというわけではなく、僕達で協力しながら作った墓でその中には光太郎が竹爺の押し入れで見つけてくれた、名前も知らない作家さんが魂を込めて描いた《最後の絵》を埋めてある。
もちろん金魚沼のある敷地内に即席で作り上げたわけだけれども、僕らの中で唯一大人で一番体力に自信のあるカサネですら、この世界の肉体労働に慣れてないらしく、作業を終えるなり木陰に移動してしばらくの間休んでいた。
それから少し経った後で僕ら6人は、お墓の前で罪なき犠牲者の皆が安寧に包まれながら深い眠りにつくことを願いつつ、丁寧に手を合わせる。
カサネとシャオリンは、元怪異なるモノだからか、たどたどしい動作だったけれど、それでも僕らと共にお墓参りに参加してくれた。
そして、無事にそれが終わり僕はお墓のある場所から少し離れた所にある《金魚沼》の様子を見に行くことにした。
「……っ____!?」
いざ行ってみると、広々とした更地と隅っこには今まで見たことのない慰霊碑らしき縦長で歪な楕円形の黒い石がぽつんと建っている光景が目の前に広がってきて、僕は思わず息を呑んでしまった。
しかも、僕以外の皆はそれが自然なことだといわんばかりに真っ先に慰霊碑らしき縦長で楕円形の黒い石へ向かって駆け寄っていく。
すぐにでも疑問を口にしたいのは山々だったけれど、流石に《犠牲者のお墓参り》という特別な状況の中で変な空気を漂わせたくなかったから、悶々としてはいたものの黙ったまま皆と共に慰霊碑にも手を合わせる。
その時に、あることに気がついた。
【九条 花蓮】【阿久津 忠範】【伊織田 篤】____。
慰霊碑に、あの惨劇の当事者である三人の名前が刻まれている。
もちろん、他にも沢山の犠牲者の名前も刻まれている。
「ねえ、お父さん……色々あって遅くなっちゃったけれど、これで他の皆と一緒に天国に行けるわよね?」
目頭を濡らす彼女の言葉を聞いて、僕はとうとう我慢できなくなってしまう。
「あ、あの……初実さん。あなたのお父さんである竹造さんは____」
慰霊碑に刻まれた名前を確認していく中で、不気味な違和感と胸騒ぎを覚えた僕だが、その後更に混乱を助長させる事柄に気がついてしまう。
【大森 竹造】____。
(竹爺の名前が刻まれてる……つまり、それって____)
何者かが、僕が認識している【事実】を意図的に書き換えたということにならないか____。
(もしかしたら、亞戯が最後に叫んだ……あの御方の仕業――でも、そうだとしたら、どうにかして正体を突き止めないといけない)
「どうかした、日向にい……すごい汗かいてるけど?今日、そんなに陽が差してないのに……ってか曇り空だし____」
光太郎に話しかけられても、僕の頭の中は混乱でいっぱいで、どうにかして取り繕うことしかできない。
そもそも、僕と同様に【亞戯】こと【阿久津】を追い詰めて末路を目の当たりにした冷静な彼ですら何事もなかったかのような言動をしている。
だけど、今はむしろ初実さんの言動の方が気になってしまう。
彼女は濡れた目をさっとハンカチで拭うと、まるで少女のように目をキラキラしながら笑顔を浮かべつつ僕の顔を嬉しそうに見てくる。
「この悲惨な事件が起きた時、お父さんはこの卑劣な阿久津という犯人から身を呈して必死でお母さんを守ろうとしたんですって。あの事件で、私以外で、ただ一人生き残った知り合いの薫子おばさまから聞いたのよ。二人とも犠牲になったのは勿論悲しいけれど、この思い出は私の中でずっと輝いてる。それに結局は犯人も犠牲者のうちの一人になったんだもの……自業自得よね?」
初実さんの【阿久津は卑劣なんだから自業自得よね】という発言は、確かに間違ってはいないと思う。
でも、そんな彼女の無垢な笑顔が、不気味だと思ってしまったのは僕しか【真実】を知らないせいだ。
「この悲惨な惨劇で薫子おばさま以外では唯一の生存者で《小さすぎる命》だった私には、今も子供がいない……いいえ、あえてその選択肢を選ぶ勇気がなかったんだけど、そういう生き方も有りだって天国の二人は言ってくれていると思うわ」
(ここは、何もかもが……異常だ____)
(でも、たとえ今ここで事実を彼女へ言ったとしても、きっと堂々巡りにしかならない……何せ、竹爺が犠牲者になったことによって……彼女の大切な息子である筈の存在すらなくなったことに気付いてすらないんだから____)
彼女に気付かれないように不安をぐっと飲み込んで平静を装いながら、日向は無言のまま俯くしかないのだった。
*
お墓参りの次の日のこと____。
三限目の授業終わりのチャイムが鳴り、やっと少し長めの休憩時間がやってくる。
クラスメイト達は、相変わらず噂話に夢中だ。
「ねえねえ……また新しい噂があるんだけど、聞かない?もしだったら、小見山くんも……っ……」
すると、かつて自信たっぷりで僕に《金魚沼のヌシ》のことを教えてくれた強気な女の子がわざわざやってくる。
「えっ……と____」
正直、噂話はもうこりごりだったから言葉に詰まってしまう。
「おい、どうしたんだよ?お前、何かおかしいぞ。調子でも悪いのか?」
小見山くんは、相変わらずぶっきらぼうな口調だけれども隣の席である僕のことをあろうことか気遣ってくれる。
「え~、あんたたちってば……いつの間にそんなに仲良くなっちゃったのよ?」
「なっかよし、なっかよし~!!」
強気な女の子が僕と小見山くんの様子を見て囃し立て、周りの男子と女子も面白そうにそれにのっかってしまう。
だから、ついついこう言っちゃったんだ。
「あ……っ……あのさ、その噂話ってどんなやつなの?」
「ああ、ほら魅蓮山の更地に慰霊碑があるでしょ。それで、そこの敷地に置いてある兎像が、ある満月の夜に忽然といなくなっちゃったんですって。あれって、白砂石で作られてて相当重いから人の手で動かすなんてできないのにってウチの父ちゃんがぼやいてたのよ……何でも、こわーい妖怪にしか動かせないらしいわよ?昔から、そういう伝説があるんですって……あんたたち、知らないでしょ?」
「で、でも……金魚沼は____」
日向が、堪えきれずに思わず呟いてしまった直後に皆の訝しげな視線が一斉に向けられる。
「何それ……そんな噂、私ですら聞いたことないし知らないわよ?」
「ええ~、金魚沼って変な名前……っ……!!」
「桐柳くん、やっぱり体調悪いんじゃない?どうする、保健室に行く?」
足元から背中にかけて伝っていき、強烈な寒気が僕の全身を駆け巡る。
しかし、今のクラスメイト達に何を言ったとしても自分の言葉は通じないと悟った僕は仕方なく無理やり笑顔を作ってこう言うのだ。
「満月の夜に、ひとりでに動いた兎像の噂話なんて面白いね。何かを探しているのかな……彩耶ちゃん、君はどう思う?」
強気な女の子は、僕の気持ちなんて知る由もなく――まるで数日前の初実さんのように無垢な笑顔を満足げに浮かべるのだった。
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【金魚沼の怪異・終】
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