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第273話
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休み時間後のこと____。
どうにも妙な怠さを覚えて机で項垂れて半ば夢見心地でいた僕の耳に、教壇に立つ先生の声が聞こえてくる。
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「よし……じゃあ授業を始める前に、新たに皆の仲間を紹介するぞ。入ってこい____」
(何で腐望池で命を失った、もうこの世にいないはずの鬼村先生が教室にいるの____)
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「え~、新しい仲間だって。格好いい男子だといいなぁ。ぶっちゃけさあ、この学校の男子って、こう言っちゃ何だけど微妙じゃない?皆も、そう思うでしょ?」
「うんうん……確かに。藍ちゃんの言うとおり~。さっすがクラスのリーダー。勉強も運動もできるし可愛いから完璧だよね」
「そうそう。結美の言うとおり、もし転入生が格好いい男子だったら、絶対に藍ちゃんにお似合いだと思うよ」
「ええ~、そんなことないってぇ……もう、恥ずかしい。でも、ありがとう~」
すぐ側から、三人の女の子達の楽しそうなヒソヒソ声が聞こえてくる。今が授業中ということなんてお構い無しに周りが見えていないようだ。
(藍ちゃんって、いったい誰のこと?いや、そもそもこのクラスの女子グループのリーダーは奥野瞳ちゃんだったはず――じゃあ瞳ちゃんはいったいどこに行ったの____)
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「桐柳くん、桐柳くん……大丈夫?」
右斜めに座ってる男の子が、僕の様子を見て心配そうに声をかけてくれる。でも、僕は無言のまま力無く無言で頷くことしかできない。
(桐柳くんって……そういえば、さっきも女の子からそう言われてたっけ――そもそも桐柳なんて父さんがとっくに捨てたはずの【御三木】分家の名字なのに……今までずっとクラスメイト達は新しい名字の《木下くん》って呼んでくれてたはずなのに……っ____)
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もう、頭がおかしくなりそうだ。
なるべく、目を開けていたくない。
このおかしな世界では、僕が知っている筈の事実がすりかわってしまうような気がしてしまうからだ。
「えっと……木下光太郎です。よろしく……」
しかし、机に突っ伏していた僕の耳に予想だにしなかった声が聞こえてきて慌てて顔をあげる。
何故か、この学校にはいる筈のない光太郎がいて驚いてしまったけれど、ここにきて僕はやっと心の底から安堵の表情と笑顔を浮かべることができた。
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その日の、放課後。
「光太郎、ちょっと待って……っ____」
「なに?用事があるから、急いでるんだけど……」
どうにも、光太郎の態度がいつもに増して素っ気ない。家にいる時よりも、僕と目すら合わせようともしないその態度を見て、僕はまた不安にかられてしまう。
「僕の弟の____光太郎だよね?頭が良くて、ちょっと愛想はないけど本当は優しい――いつもの光太郎だよね?」
「日向にい……何言ってんの?日向にいの弟はボクしかいないに決まってる。というか、何でそんな泣きそうな顔をしてるわけ?」
____と、ここにきて光太郎はこの世界の異変に気付いているわけがないことを思い出す。
そもそも、僕がこの世界の《異変》に気付いたのは、この学校内だけのことだ。家の中に《異変》などなかったしカサネや日和叔父さん――シャオリンにだって特に違和感を抱くような出来事は起きていない。
(あれ……そういえば____)
「ところで、日向にい――。珍しく夢月さんと一緒にいないの?あの人、教室にもいなかったみたいだけど。まあ、ボクは全然それでもいいんだけど____」
光太郎から、その問いかけを聞いて僕は再び混乱してしまう。
昔から夢月とはあまり相性の良くない光太郎は、僕と夢月が二人きりでいると、ことあるごとに突っかかってくる。
だからこそ、彼と二人きりでいる今の状況に対して何も言わない光太郎の言動に少し違和感を抱いた。
(また、だ……やっぱり変だ____夢月は、今僕の隣にいるのに……光太郎にはそれが見えてないってこと……だよね?)
ちらり、と友人がいる筈の場所へ目線を移す。
すると、彼が人差し指をたててウィンクしてきたため言おうかどうか迷ったものの、結局は何も言えずに僕は下駄箱へ向かおうとする弟の背中を見送ることにする。
息を切らすほど大事な弟の用事の詳しい内容を聞きそびれてしまったのは、光太郎の背中を見送りつつも、再び友人がいる筈の場所へ目を向けたが、そこに誰もいないという奇妙な体験をしてしまったせいだった。
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外に出た途端、セミの大合唱が聞こえてきて無意識のうちに眉をひそめる。
別にセミが特別嫌いなわけじゃないけれども、容赦なく照りつけてくる日差しを直に浴びる不快さを助長してくる大合唱は夏の醍醐味とはいえ、どうしても好きにはなれない。
それに加え、今は訳のわからない《異変》に見舞われているのだから尚更だ。
もやもやした気持ちを抱きながら、うつむき気味で夢月と共に畦道を歩いていたのだが、何の気なしに顔を上げると、ふいに僕達が歩いている場所から少し前方に二人の人物がいることに気付いて観察してみる。
一人は、後ろ姿でもよく分かる。
(光太郎……っ……!?)
もう一人は、顔が見えそうで見えにくいため大変もどかしい。
けれど、やっぱりどこかで見た覚えがあるような気がする。
「あ……っ____」
ようやく、その人物が誰なのか思い出して驚きのあまり言葉にならない声をあげた直後、夢月からぽんぽんと肩を叩かれたため慌てて視線を移す。
「日向くん、また明日ね」
「う……うん……また、明日____」
光太郎は、あんな変なことを言っていたけれど友人である彼の屈託のない笑顔を見るだけで心が救われた気がした。
友人別れた後、一人で畦道をてくてくと歩きながら、本当ならばなるべく思い出したくない存在の【御三木】と呼ばれる村の支配者一族のことを思い浮かべるのだった。
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