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第274話
【御三木】とは全部で三つあり、上から《松聡院家》《竹瞠院家》《梅后院家》とある。
この村の支配者一族であり、いわゆる村人達から【本家】と呼ばれるもので祖父母の時代は勿論のこと、それよりもずっと昔から村人達に崇められて恐れられてきたらしい。
元々、僕の家は古い時代からずっと《梅后院家》の分家《桐柳家》に属していたが、ある日父さんから告げられた。
崇められるのは村の有力者で支配する側の一族達が集まっているから理解はできるものの、そこまで村人達から恐れられてきた理由が僕にはよく分からない。
《御三木》が村人達に対して残虐非道な態度をとってきたとも聞かない。
確かに村人達が恐れそうな禁忌である【土着信仰による逆口山に巣食う天狗への生け贄制度】は、今から数えきれないほど昔には存在していたのは紛れもない事実だと祖父母から聞いてはいた。
だが、ある年の暑い夏の日に村はずれにある【鉱山後継者一族の男】が精神錯乱したことによる村人大量殺人事件が起きたことにより、村に《御三木》が確立してからは、とっくに廃止されているというのを、父さんと叔父さんがこっそりと話しているのを聞いた記憶を思い出した。
『梅后院家と話をつけてきた。日向、お前はもう梅后院家の次男坊である雅臣様のものじゃない。婚約者同士という、昔ながらの家柄の呪縛も歪んだ絆も解かれたんだ。お前は、もう自由になった……これからは縛られることなく生きればいい。それに、幻夜からも名字を桐柳じゃなく、木下と名乗っていいと許可を得た』
ただ、ある日急に新しい名字である《木下家》を名乗っても良いことを淡々と父さんから説明された。
松聡院家から帰ってきて、どこか憂鬱そうな顔をしていた父さんの様子を思い出すと、罪悪感を感じてしまうため、今まではなるべく考えないように無意識のうちに努めてきた。
『父さんは幻夜おじさんのことが……嫌い?』
『いいや……ただ、苦手なだけだ』
父さんと松聡院家当主の幻夜おじさんは親戚かつ仲の良い幼馴染みだと聞いていたから、少し意外だった。
その一方で、梅后院家との繋がりが薄くなったことに対して少し寂しく思ったのも事実なのだけれども《まーくん(雅臣のことをそう呼んでいた)》に関することじゃなく、彼の弟である《建臣(たっちゃん)》と疎遠になるかもしれないという不安があったためだ。
幸いなことに、父さんは『建臣と関わるな』とは言わなかったため、僕も光太郎も小さい頃はよく彼と他にも幼馴染みの翔くんと一緒に遊んでいた。
口酸っぱく言われていたから、川で遊ぶことはなかった。
だけど、彼が大好きなセミ取りをしたり、こっそりと駄菓子屋に行って買い食いをしてみたり、今は存在自体がないことになっている【金魚沼】で石切りをしてみたり――とにかくめいっぱい遊んだのを思い出す。
そう、あの事件が起きるまでは____。
そもそも、たっちゃんこと梅后院 建臣は【あの事件】が起きた日から、今までずっと《行方不明》な筈なのに____。
悲惨極まりない、【あの事件】____。
かつて、たっちゃん達の父である《 梅后院 兼臣 》と母である《 梅后院 砂夜 》――更に、たっちゃん達の祖父である《 梅后院 嗣臣 》が同時に同じ場所で何者かによって毒殺された凄まじい事件だ。
たっちゃんは、まーくんよりも繊細で傷付きやすく年下である僕や光太郎よりも怖がりで泣き虫だった。
それなのに____、
消えた筈の、たっちゃんがこの村に帰ってきている。
(どうして……何で、よりによって……今なの?)
(まるで、僕の身の回りに起こる異変に合わせてるみたいに……っ……)
そう思ってしまった直後、僕は固く目を瞑り、思いっきり首を横に振った。もう、無かったことにしたかった。
クラスメイトの異変のことも、鬼村先生の異変のことも、ずっと昔に突然《行方不明》になり、今まで一度も村に姿を現さなかった《たっちゃん》のことも、全てを一度きれいさっぱり忘れ去りたかったのだ。
ふと、勇気を振り絞り恐る恐る目を開けて二人がいた筈の場所へ目線を動かした時には、既に彼らの姿は見えなかった。
このまま、ここに立ち尽くしていると、目眩を覚えそうで、僕は急いで帰路につくことにした。
セミの鳴き声を聞けば聞くほど、恐怖が増してゆく____。
セミ達が奏でる耳をつんざく程の【大合唱】は、
恐怖から必死で隠れようと駆け出す僕を、
《ウチ》に帰るまでは決して、
逃がすことはない。
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