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第276話

______ ______ カサネ達と話していたせいで、いつもより家を出るのが少し遅くなってしまった。 アスファルトで舗装されていない乾いた土に覆われた通学路を小走りで駆けて行く。 (このままだと、確実に間に合わないよ……早く、慈石寿木の前まで着かないと……っ……もしかしたら、もういないかも____) いつも一緒に学校に行く親友が待っている《慈石寿木》までは、小走りで向かえば大した時間はかからない筈だ。 家から出て真っ直ぐ歩いていき曲がり角を過ぎてから、せいぜい五分くらいで着く筈なのだが、どうにも目当てのそれが見えてこない。 (おかしいな……もう、見えててもいい筈なのに……って……あっ____) そんな風に考え事をしていたせいだ。 僕は、危うく目の前にいた顔見知りの人物とぶつかりそうになってしまった。 「おんやぁ、カゲくんでねか……今日はいつもより遅いんだべか?」 腰を曲げて此方へと目を向けつつ手に熊手やら鍬といった道具を持っている、その人は、普段と同じように、くしゃくしゃと顔に皺を寄せ穏やかな笑顔で挨拶してくれる。 「モトさん……おはようございます」 モトさんは、いつもこの通学路の掃除をしてくれているお爺さんだ。かつては、他の村人のお年寄り達とよく僕らに挨拶してくれていた。 そういえば、かつてはよく【竹爺】と一緒にこの通学路を熱心に掃除してくれていたと思い出す。他の村人たちもいたけれど、二人は相棒と互いに言い合える仲だったのに、元々【竹爺】なんていなかったんだといわんばかりに自然な笑みを浮かべてくるその様を見て、再びもやもやしてしまう。 それに、僕がもやもやしてしまう理由は他にもあるんだ。    「え……っ……と……僕はヒナタなんです。その、モトさんが言うカゲくんの……息子の____」 一瞬、沈黙が流れて僕の顔を凝視してくるモトさん。だが、その直後にはいつものような皺くちゃな顔に戻る。 「いんや、カゲくんだべさぁ……桐生のカゲくん、カゲくんゆうて本家の松聡院の幻様から可愛がられとるべや……こん目は節穴じゃなかよ」 僕はここにきて、ようやく悟った。 モトさんは、認知症という病気なのだから、これ以上誤解を解こうとしても無理なのだということを。 それに、学校がある方からチャイムの音が聞こえてくる。 もたもたしていると、そのうちに授業が始まってしまう。 どう答えたものか、と悩みつつ呆然と突っ立ってる僕の横を白いブラウスに赤いジャンパースカートを履いた一人の少女が熟れた林檎みたいに真っ赤なランドセルをガチャガチャと鳴らしながら物凄い速さで横切って駆けて行く。     僕は、慌ててモトさんにお辞儀すると少女の後ろを着いて行く。    恐らく、家を出る時に慌てていたんだろう。 開きっぱなしになってた少女のランドセル___。 すると、少女が石に躓いて前のめりに転んでしまった。そのせいで、ランドセルの中から何かが飛び出して道に落ちてしまう。   それは、長方形のプラスチック製の筆箱で少し古い物に見えた。時間がないとはいえ、転んでしまった少女をそのまま放置しておくのは流石に気が引けたため、落とした筆箱を拾い上げて彼女に渡す。 更に、念の為にいつも持ち歩いている絆創膏を取り出すと、擦り傷ができて赤くなった少女の膝にペタッと貼りつける。 「あ……っ……ありがとう……おにいちゃん」 「どういたしまして。これからは、気をつけて歩くんだよ?」 少女の、はにかんだ笑顔を一目みた途端に何故だか僕の胸は締め付けられるような感覚に陥ってしまい不思議な気持ちを抱きながらも親友との待ち合わせ場所まで急ぐ僕なのだった。 _____ _____

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