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第278話
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さっきまで夕焼けに包まれ、そんな気配なんてありもしなかったのに、突然雨が降ってきた。
いつの間にか、めまいもなくなって嘘みたいにスッキリとした気分で学校から出て見慣れた通学路を爽快な気分で目的地まで向かおうと思っていた矢先の出来事だ。
もちろん、傘なんて持っていない。
面倒だけど学校まで引き返して貸出用の傘を借りようかとも思ったけれども、目的地まで、もう少しの距離だ。
それに幸いにも土砂降りというわけでもないから、やっぱりそのまま目的地まで一気に走ることにする。
(それに征爾は僕と違って、一旦家まで帰ってから向かうから……きっと傘は持っててくれてる__はず…………)
そんなことを考えながら、走り続けていると先程よりも雨脚が強くなってくる。運動靴の中にまで雨水が入りこみ、ぬかるんだ地面を踏み込む度に『ぐじゅ……ぐぬっ……』という何とも言いにくいが不快な感触に晒されて思わず眉を顰めてしまう。
元々運動が苦手なので、道中何度か転びながらも何とか目的地の【慈石寿木】に着いたけれど、空は曇天で辺りは薄暗く陰鬱な空気に包まれている。
しかも、雨は未だに降り続いている。
もはや服なんて着てても無意味だというくらいに全身びっしょりになりつつも、今更帰路につくなんてできないと思い直し、仕方なく【慈石寿木】の亀の像がある場所に向けて歩いて行く。
【慈石寿木】と呼ばれる場所には、二つの像が存在する。ひとつは、石像でできた兎像。そして、もうひとつはそれよりも少し小さめの木でできた亀の像だ。
「ごめん……っ____遅くなって……」
一気に駆けてきたせいで、半端ない息苦しさに襲われてしまって【慈石寿木】に着いた時にはぐったりと疲れきってしまっていた。
そのせいで、掠れた声が友人には届かなかったのだろう。
亀の像がある場所で傘を差しながら背を向けて屈み込み、両腕を必死に動かしているその人物は此方に見向きもしない。
「せ……っ……征爾だよね?」
と、背を向けて何かをしている人物に向かって歩いていき肩に手をかけようとした寸前のことだ。
「どうしたの?」
背後から、友人の声が聞こえてきて慌てて振り向いた。口がからからに乾き、体調が悪いわけでもないのに冷や汗が吹き出してしまう。
それどころか、ろくに声すら出せない。
征爾が亀の像の前で這いつくばりながら一心不乱に何かを探していると思い込んでいたせいだ。
でも背後からは姿は見えなくとも、この悪天候に反して妙に明るい友人の声がはっきりと聞こえてくる。
「………っ……モトさん!?」
ここにきて、ようやく目を凝らして観察してみると身を屈めて一心不乱に何かしているのは、毎朝熱心に欠かさず水路を掃除している源次さんだということに気が付いた。
「はやく…………は、やく____」
ぶつ、ぶつと呟きながら傘もささずに水路を掃除し続ける【モトさん】は決して此方に目線をくれることはない。
「ねえ、いつまでここにいるつもり?早く、本家に行かなくちゃ……また_____」
妙に明るい声色のまま、僕を責めるような感じで言及してくる征爾の剣幕に思わず息を呑んだ僕は【モトさん】の言動を心の中で気にしながらも征爾と共に村の有力者達を束ねる立場にある《松聡院本家》へと向かって歩いて行くのだった。
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