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第279話

        **** 【松聡院家】___。 この村において《御三木》のうちのひとつで気高き一族として村人達から崇められてきた。 松聡院家は立場的には村の中で一番上に属しており、分家は《桐柳家》のみが存在している。 《御三木》には他に【竹瞠院家】と【梅后院家】が存在しており、それぞれに分家があるが、正直それについては沢山あり過ぎて完全には把握しきれていない。 (だって、父さんが親戚達とは深く関わり合うなって煩いし、いつ来ても……この屋敷は不気味なんだよなぁ____) ちらり、と横目で親友の様子を伺ってみる。 可哀想なことに、先程からじめじめと降り続いている雨にもろにあたっているせいか、彼の体は小刻みに震えていて、いつもと違って口数が少ない。 「ねえ………大丈夫?」 「う……っ……うん___大丈夫……」 そう問いかけた直後、突然門の扉が開いた。 「いらっしゃい。今日はすごく遅かったね。ずっと待っていたのに……っていうかさぁ、また《おはじき》のそいつと一緒にいるんだ?単なる使用人で雑用しかこなせない身の程知らずのくせに……調子のってんの?」 「…………」 広すぎる屋敷の中から、明らかに不機嫌そうな態度で言い放ってきたのは、【松聡院幻夜】 である。  松聡院家次期当主であり、年は同じで尚且つ親族から半ば無理やり決められた婚約者同士といった間柄で会う度に複雑な感情を抱いてしまう。 しかも、この村には昔から《おはじき》といった風習めいたものがあり、その対象者がよりにもよって親友である征爾と日頃から何かと親切にしてくれる源さんだから気まずいったらありはしない。 《おはじき》は簡単に言うと所謂村八分であり、正直快くなんて思ってはいない。大半の村人達がそう思ってはいないことは彼らの顔付きから見てとれるが、それでもこの村の中で逆らうことは社会的に抹殺されることと同意であり、誰もがそれを見て見ぬふりをする。 それでも源さんは征爾と比べると、まだマシな方だろう。 征爾においては、先代当主であり、幻夜の祖父で自由気ままに余生を送る【松聡院白夜】から強引に命じられて、ほぼ毎日学校終わりにこの屋敷に来て雑用仕事をしている。それだけでなく、快く思わない親族達から嫌がらせを受けていて心身共に疲弊しきっているのが分かる。 しかし、両親共に既にこの世から去ってしまっている征爾には学校に行くための支援が必要であり、生きてゆくための処世術として耐えていくしかないのだ。 「あ……っ___そう、そう……お前さ――いつも、お祖父様からどんなことされてるんだっけ?お祖父様からの支援で学校に行けてるんだから、それくらい答えられるよな?というかさあ、今から実践してみせてくれない?俺は頭が悪いからさ、見せてくれよ。ほら、脱げよ?今すぐにさぁ~………」 白い絹の長袖シャツに、黒い半ズボンといった出で立ちの幻夜はニヤニヤと笑いながら、とても愉快そうに征爾の頭を小突きながら容赦なく命令する。 「ち……っ……ちょっと止めなよ……幻夜……ってば……!?」 流石にこれ以上黙ってる訳にはいかず、慌てて暴走している幻夜を制止しようとする。しかし、既に征爾の上半身は露わになり、彼はぐったりと頭を下げたまま体を小刻みに震わせている。 親友を傷付けられ、これ以上は黙っていられない。 「……っ___そんなことする幻夜なんて嫌いだから……大……嫌い………婚約も……したくなんてないから!!」 「ふぅん、それで………?じゃあ、元に戻る?つまりは《おはじき》のこいつじゃなくてさ……お祖父様の相手する役目に戻るわけ……前みたいに?」 「そ……っ__それは……………」 とてもじゃないが「はい」とは言えずに、結局は黙ってしまった。 そうこうしている内に、遂に幻夜が征爾のズボンを無理やりずり降ろそうとする。もはや、諦めてしまっているのか征爾は抵抗すら一切しない。 (それでも、言わなくちゃ……っ……) (そんなことしちゃ駄目だって………) しかし、どうしてもうまく声が出せない。 その、直後のことだ。 「こらっ………それはやっちゃいけないことだろ?それくらい、分かるよな___幻夜?」 「な……っ………!?成臣さん……どうして、ここにいるわけ?確か、今日から部活の合宿とか言ってなかったっけ?」 紫の学帽に、黒い学ラン姿のすらりとした細身の男の人が、此方へ駆けてきて、先程から征爾に対して、やりたい放題の幻夜をびしっと叱りつける。 「ああ、弟の建臣が……ちょっとね___。それに、俺も俺で忘れ物したのを思い出したから、ついでに取りに来ただけさ。それよりも、いいか……幻夜?お前は将来ひーくんの旦那さんになるんだから、きちんと行動を改めろよ?いくら、村が決めた《おはじき》だからって、この子に何をしても良いわけじゃないからな」 この言葉を聞いた途端、幻夜はまるで猿のよつに顔を真っ赤にして怒りを露わにする。 「う……っ……うるさい!!梅后院家の跡取り息子で、お前の方が年上だからって……偉そうに説教してんじゃないよ__お前なんか、お前なんか……さっさといなくなればいいんだ……っ___」 そして、あろうことか手に持っていた征爾の上着を勢いよく成臣へ向かって投げ付けると、そのまま何処かへと駆けて行ってしまった。 「やれやれ……ひーくんも大変だね。でも、きっと……いつか幻夜だって松聡院家の跡取りとして成長してくれるさ。いや、そうなってくれないと困る。何としてでも、ひーくんを幸せにしてくれる旦那さんになってくれなきゃね」 「え……っ……と、あの……っ____」 成臣は穏やかに微笑みながら、此方へと手を差し伸べてきた。本当なら、この手を握らないといけないのだろうけども――どうしても、それが出来ない。 出来ないというよりかは《してはいけない》気がするのだ。 胸騒ぎが酷く、やがてそれは動悸となり容赦なく襲ってくる。 心の中では、彼の手を握るのを必死で拒絶しているにも関わらず、僕の意思など関係ない操り人形の如く、徐々に手を伸ばしていってしまう。 成臣の手は、ものすごく冷たい。 まるで、氷のように。 今は、太陽がぎらぎらと照りつける真夏だというのに____。 『し、あわせ………しあわせ……』 ふと、耳のすぐ近くから不快な機械音じみた男の子の声が聞こえてきて、一瞬白い光に包まれたかと思うと、途端に僕の視界は真っ黒に染まっていくのだった。 ああ、蝉の声が____ うるさい………… うるさい……         ****

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