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第280話
* * *
「ねえ、パパ………日向にいが、またいなくなったよ?」
(ああ、うるさい……うるさい____)
(蝉の鳴き声みたいに――)
「カサネの奴も、小鈴も必死になって探してくれてる。パパは、いつまでこの部屋に籠もって何もしないつもり?」
(喧しく騒ぐんじゃない___俺は、もう……あいつらに__)
(関わりたくないんだ………あの、呪われた一族になんか____)
「ねえ、パパ………せめて、こっちを見てよ?どっかに行っちゃった日和おじさんも頼りにならないし、パパは部屋に閉じ込ってるばかりで、どうしたらいいか分からないよ……っ……」
光太郎は物言わぬ父親に痺れを切らして、無理やりにでも此方へ向いてもらうべく手を伸ばして肩を掴もうとする。
「あ……っ__危ねえ……っ……!!」
しかし、父である日陰に近付こうとした瞬間に目で捉えることのできない未知なる力によって光太郎の体は突き飛ばされそうになってしまう。
「……っ____!?」
その力は強力なもので、危うく光太郎の体は開け放たれた窓の外へ飛ばされそうになったものの、本来ならば此処にいる筈のない人物によって抱き止められたことによって間一髪救われた。
「こ……っ……小見山……?どうして、ここに……」
「ばか……っ……そんなもん、どうでもいいだろ!!とにかく、ここは何かやべえ……さっさと出て行くぞ……早く……っ___」
こうして、有無を言わさずに光太郎は父の部屋から出て行くことになった。
学校では、やや乱暴な面もある小見山だが、まるで別人のように危うく割れた窓から落ちそうになっている光太郎の体を無我夢中で支えながらも、冷静さは失わずに床に落ちている一枚の写真を決して見逃すことはなかった。
それを、さっ――と拾い上げてから『待ってて……パパも日向にいも……絶対に救うから__』と呟いた光太郎と共に急いで部屋から出て行くのだった。
***
「少しは、落ち着いたか?」
「うん…………」
それから、家を出た光太郎と小見山は二人きりで裏山に来ていた。
いつもはどちらかというと強気で言いたいことははっきりという光太郎が珍しく精神的に塞ぎ込んでる様子を目の当たりにして、驚きを隠しきれない小見山だったが、ふいに彼の手に小さい傷が点々とあることに気付くと、カバンから絆創膏を取り出して慣れた手付きでそれを貼っていく。
「あの、さ………どうして家に来てくれてたの?あんたが気にかけてる日向にいは__いないのに………」
「別に……お前の兄貴の日向が、あの雰囲気がやばい家にいるとかいないからとかって――そういう問題じゃねえよ。俺は、お前のことが心配だから来たんだよ」
小見山から、予想外の答えを聞いて思わず一筋の涙を流してしまう光太郎。
「いつも、無理してるだろ……お前__。正直、始めはお前のことなんて日向の弟なだけの小生意気なガキとしか思ってなかった。そもそも、俺は最初は日向のことが好きだったんだ。でも、今は違う___俺は、お前を心の底から守りたい。いや、これからずっと守っていきたい」
「そ……っ____そんなお世話みたいな言葉なんていらないんだけど。だいたい、日向にいから僕に心変わりした理由って何……!?それを教えてくれないと……信用__できないんだけど……っ……」
光太郎は、体育座りの状態でうずくまりながら必死になって恥ずかしさを隠すことしかできなかった。
頭の中には幼い頃交流があったものの、決して結ばれる運命になかった男――今はこの世に存在しない【収穫者】の面影が浮かんでは消えていたが、そんなことなどどうでもよくなるくらいに途轍もない羞恥と嬉しさが襲ってくる。
「人を好きになるのに、はっきりとした理由なんかいるのかよ?だいたい、それ以上に……もう、お前が無理して本心を必死で隠してるのを見るのが堪らなく辛いんだ__昔の俺に、そっくりなんだよ。いや、それは言い訳だな………光太郎__」
「な……っ___何?」
両膝に顔を埋めて恥ずかしさを隠していた光太郎だったが、ふいに小見山と真ふ正面で向き合うような姿勢をとらされてしまい、思わず上擦った声を発してしまう。
「お前は………俺のことが好きか?」
「う……っ__うん………」
「はあ?どっちなんだよ…………」
曖昧な返事をする光太郎を呆れたように見つめる小見山____。
しかし、その直後に頬を赤く染めた光太郎から顎を引き寄せられ、
「まったく、鈍いんだから……っ___だから、日向にいのこと振り向かせられなかったんじゃない?」
満面の笑みを浮かべながら、そう答えた時には既に光太郎の頭の中から【かつて収穫者だった男の面影】など綺麗さっぱり消えてしまっているのだった。
* * *
「というか__こんなふうにイチャついてる場合じゃないんだ。あんたを仲間にできたのは嬉しいし、これから日向にいを探すのは当たり前として……心当たりが全然ないんだった。そういえば、あの時……どうして家に来てたんだっけ?」
「ああ……言いそびれてたな。光太郎__実はお前だけじゃなくて――俺も誰にも言えなかったことがあるんだ。お前の兄貴にも、俺の家族にすら言えてなかったけど……聞いてくれるか?」
光太郎は、いつになく真面目な顔付きでうったえかけてくる小見山に向かって静かに頷いた。
「最近、変な夢を毎晩見るんだよ。それだけじゃない。妙な男の声だって聞こえてくる。それどころか、所構わずに教科書に載ってた【月桜期時代】の服装をした男の姿まで見えるんだ……呆気にとられてるとすぐに消えちまうが、男は【ときの】とだけ繰り返し言っていた。そんで、調べたら数カ月前に沖野町と合併した土忌野という村があったことを知った」
「それ……少し前に夢月の奴と日向にい達が遊びに行った村だよ。つまり、小見山は日向にいがいなくなった原因は土忌野村にある気がするって言いたいんだよね?そういえば、沖野町に大きな図書館があったはず。つまり、この村の歴史――つまりは《御三木》の歴史についても何か記されてるかもしれない。あわよくば【蛇の呪い】についても知ることが出来るかも。よし、これでこれからの行動が決まったね………」
それから、小見山と光太郎は軽く翌日の行動について話し合うと、そのまま帰路につくべく立ち上がる。
その時、ふいに光太郎がきょろきょろと辺りを見回していることに気付く。
「どうかしたか?」
「ううん、何か………近くから聞き覚えのある音が聞こえた気がして__。でも、多分気の所為だよ。それじゃあ、また明日……八時半に駅で待ち合わせだからね……っ……初めてのデートになるんだから遅れないでよ?」
こうして、光太郎は小見山と別れたのだった。
* * *
「____何、これ?」
一人で家に帰った光太郎は、何の気なしに郵便受けを開ける。
そこには、赤い封筒がひとつ___。
奇妙なのは赤い封筒だからというわけでなく、差し出し人の住所も名前も書かれていないことだ。
しかも、普通の手紙と違うのは重さがあったからだ。
(ただの手紙じゃない…………)
訝しげに思いながらも、それを開けると何故か絵馬が一つ入っていることに気が付いた。
絵馬の左側には一人の男の立ち絵が描かれている。目元は引き締まり、精悍な顔立ちをしている青年の絵だ。
絵馬の右側には写真が一枚貼り付けられていて花嫁衣装を身に纏った一人の少年が幸せそうな笑みを浮かべながら椅子に座っているというのが分かる。
不気味なのは、左側の絵に描かれているのが既にこの世から去った筈の《作三》だということと、右側に花嫁衣装を身に纏った《自分》が写っているということだ。
全身に鳥肌がたち、咄嗟にそれを地面へ投げ付けようとする。
それと同時に、一瞬白い光に包まれたかと思うと___
「ひ………っ……………!?」
光太郎の【耳】【目】【口】から、真っ赤な血が溢れ出して意識を手放してしまうのだった。
頭の中で一瞬だけ、ある男の顔が浮かんだ気がした。
幼い頃、少ない時間とはいえ過ごしたことのある――ある男の顔を____。
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