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第282話

長い睫毛に、うねり一つなく念入りに手入れされたであろう腰まで伸びた艶やかな黒髪___。 猫のような切れ長の目に、雑誌を埋め尽くす有名モデルさながらの長身かつ、すらりとした細い体型___。赤襟に白いリボン付きの黒のセーラー服がよく似合う。 更に殆どの男ならば、聞いただけでコロリと魅了されてしまうのではないかという程の透き通った美しい声____。 (姉ちゃんや母ちゃんなんかとは、雲泥の差じゃねえか____) 「ねえ、ちょっと___あたくしの声が聞こえてるわよね?まずは、質問に答えてほしいのだけれど……それとも、本当に耳がついていないのかしら?」 男の理想を詰め込んだかのような儚げな乙女という見た目とは裏腹に、かなり強気な態度には驚かされるものの、ここで何も答えずに逃げ帰る訳にはいけない小見山は仕方なく腹を括ることにした。 「い、いえ………聞こえてます。俺は八重山小学校に通う小見山世那っていいます。失礼ですが、あなたは松聡院彌夜さん――ですよね?ここに、桐柳日和さんはいます?」 「そうね、確かに……あたくしの名前は松聡院彌夜。でも、日和おじさまはここにはいらっしゃらないわよ。正直にいうと桐柳家の人間とは、あまり関わり合うなって、眞夜御兄様から命じられてるのだけれど、比較的関わり合う間柄のあたくしでも彼の居場所は知らないの。逆に教えてほしいくらいだわ」 憂鬱そうな表情を浮かべて目を伏せつつ、彌夜は答えてくれた。 『あ〜あ、あたしもいつか御三木の彌夜様みたいに、お金持ちの御屋敷で暮らしてみたーい。あっ……勿論イケメンで優しい旦那さんと結婚するのが前提でよ?』 これは、いつだったか姉が不満げに呟いた言葉___。 『灯花……あんたは急に何を馬鹿げたことを言ってんのよ。大体、あの変人ばかりの御三木と親戚付き合いするなんて冗談じゃないわよ。そもそも、唯一まともな彌夜様はとても可哀想な御方なのよ……あんな、化け__あっ……と……さっ……これ以上はおしまい!!』 これは、いつだったか母が姉に返した言葉__。 (そういえば、あの時……母ちゃんが彼女のことを可哀想って言ってたな――あんま、そういう風には見えねえけどな) そんな風に思った直後のことだ。 「まあ、彌夜さん……っ……こんな所で何をなさっているのです?先程から、御当主が首を長くしてお待ちになっていたのですよ。いいですか、貴女はこの誉れ高き松聡院の息女なのです。その上、貴女は一族の中でも極めて特別なのですから、きちんと役割を果たしなさいな」 突如として、両目を白布で覆っていて紺色の無地の着物を身に纏った女性が駆け寄ってきた。更に、彼女の隣には同じように両目を黒布で覆っていて渋い緑色の着物を身に纏っている男性がいることに気付く。 男性は隣にいる女性の手を大事そうに握っており、その光景を目の当たりにして少し奇妙に感じてしまう。 小見山は彌夜の咄嗟の機転によって、紺色の着物姿の女性が駆け寄ってくる直前に辺りに生えまくっている低木のうちの一つの陰に隠れるように誘導されたため、少し離れた所から三人のやり取りを見ることとなった。 「彌夜………いつも、済まないな。お前には迷惑ばかりかけてしまう___蛇に呪われてる俺のせいで……」 「まあ、眞夜さん__何をおっしゃるのです?この松聡院一族の娘として生まれた以上、避けて通れない運命___。生涯において勉学も恋愛もそんなものは必要ないのです」 彌夜が唇をきゅっと結び、目を閉じる。 「いいえ、御兄様………あたくしは、そんな些細なことなど気にしておりませんわ。御母様の言う通り、既に自らの運命を受け入れておりますの。さあ、お部屋に戻りましょう」 三人は小見山が隠れている低木から背を向けて、奥の敷地にある屋敷の方へと歩いて行こうとする。   すると、一度だけ彌夜が此方へ振り向く。 目線を下に移し、『これを調べて』といわんばかりに次なる行動のヒントをくれたのだと悟った小見山は三人の姿が完全に見えなくなった後で慎重になりながらも動き出す。 (これ………さっき、あの怪しげな双子が掘ってた場所か………) そこだけ、土が少し盛り上がっている。 これを掘ってしまったら、もう後戻りはできない――と不安になる気持ちを何とか抑えると、覚悟を決めて、ひたすら掘っていく。 中に埋まっていたのは、古くなり少し黄ばんでいる新聞紙の切れ端が二枚___。 どうやら、かなり昔の新聞らしい。 『行方』『雨』という文字が印刷されているのがかろうじて分かったが、流石にいつのものかを判断するための西暦が記されていないため手元にあるこの切れ端だけでは考察しようがない。 (やっぱり、俺だけでも図書館に行くしかねえってことか___) 無言のまま、松聡院家の三人の後ろ姿を見送り広大な屋敷のある御三木の敷地を後にすると、小見山は意を決して再び駅に続く畦道を歩き始めるのだった。

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