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第283話

_____ _____ 「……て………っ……」 「ねえ……っ………ってば…___!!」 (何だ………凄く騒がしい___) そう思いながらも、ゆっくりと目を開けた小見山の目に飛び込んできたのは、意外な光景だった。 「ちょっと……世那……っ___あんた、こんな所でいったい何してたのよ……っ……!!」 姉である灯花の目には大粒の涙が溜まり、何故か必死の形相で問いかけてくる。 「はあ?何って………俺は……しら……べ___」 『調べ物をするために図書館に来た』と途中まで言いかけて、それ以降は黙り込んでしまった。少し冷静になり、辺りを見渡していく内に今いる場所が《電車に乗って着く筈の少し離れた町にある図書館》ではなかったからだ。 それを自覚した途端、凄まじい寒気に襲われる。 「とにかく……早く、これ__着なさいよね……」 ふいに、姉である灯花から差し出されたのは見覚えのある服だ。しかも、シワひとつないくらい丁寧に畳まれている。 そこで、ようやく我にかえる。 上半身は何も身に付けず裸になり、何故か通学路の途中にある《千寿沙華の滝》と村人から呼ばれている曰く付きと噂がある滝壺に肩まで浸かっていることに気付いてしまったからだ。 問題は何者かによって、いつの間にか手足が縄できつく縛られていたことであり、もしもこのまま誰にも気付かれずに時間が経っていたら、冷たく陰湿な水場に沈められて短い人生を理不尽に奪われるという胸糞悪い結末を迎えてしまっていただろう。 「あ……っ………あの、ありがとうございました。もしも、弟がここにいるって知らなかったら……っ___私達家族は一生後悔するところでした。感謝しても、しきれません……貴方達は私達家族の命の恩人です」 弟の命に別状が無いと分かり、先程よりも僅かに冷静さを取り戻した灯花が少しだけ離れた場所にいる男の方へ駆け寄っていく。 そして、家庭内では決して出さないような丁寧な敬語で礼を言う光景を目の当たりにして何の気なしにそちらへと目を向けてみる。 (ああ、この人だ____) 男は手に日本人形を持っていて、穏やかな笑みを浮かべているのが逆に不気味さを醸し出してはいたが、それでも命の恩人なことに変わりはないと思い直す。 「あの……っ____貴方は桐柳日和さんですか?俺、日向のクラスメイトの小見山世那です。えっと、日頃から日向の奴から貴方の話しは聞いています。ずっと、貴方を探してて……そしたら、どういうことか……こんな訳の分からないことになってて……っ……それで……っ___」 慌てて体を起こしかけた小見山だったが、まだ体調が本調子ではないせいで、軽い目眩に襲われてしまい倒れそうになってしまう。 「君のことは、もちろん日向達から聞いている。だが、あまり無理しない方がいい…………君の体には………まだ____」 そう言って、倒れそうになった体を支えつつ、まっすぐに此方を見据えたかと思うと急に目線を真横に逸らす目の前の男___。 「きゃ…………っ____!?」 言葉にしようのない違和感を抱いた小見山だったが、それから少しして、姉がいた筈の方向から突如として悲鳴が聞こえてきたため慌てて振り向く。 その直後に灯花が地面に倒れてしまったのは、日和が先程から腕に抱えていた日本人形が急に意思を持ったかのように動き出し、尚且つ有り得ない程に伸びた髪の毛で彼女の体を覆い尽くして一方的に危害を加えたからだ――と瞬時に判断した小見山は、咄嗟に拳を握り、平然としている日和の頬を殴りつけてしまう____ ____かに思えた。   「おい……っ……何してるんだよ!?こんな女の子供に……っ……!!それだけじゃねえ……お前の様子は最近、何か変なんだよ。ヒカゲの奴があいつらのせいで腑抜けになったからだと思ってたが、違うよな?ヒナタが行方不明になってからだ____」 また、男が一人現れたことに気付いて小見山はギョッとしてしまう。日和と男の姿がコピー機で印刷したかのように【瓜二つ】だからだ。 後から現れた男の方は、それを隠すためかわざと着崩して誤魔化してはいるが、それでも余りの似っぷりに息を呑んでしまう。 だが、小見山はその男の正体が日頃から自分達に教鞭を振るう先生としての顔を持つ《カサネ》だとは気付くことはない。 《カサネ》は常日頃から、能力を行使して自らの正体(姿形)を偽っているからだ。 「違うのです……っ___小鈴は分かっているのですよ。こうせざるを得ない理由が……っ……!!でも、ご主人様は、きちんと説明した方がいいと思うのです。そうしないと何も伝わらない……っ……それどころか間違った解釈をされるのです」 灯花の体に髪を巻き付かせていた物が突如として大きい声を出したため、今度はそっちの方へ目が釘付けとなってしまう。 むろん、小見山が今まで生きてきた中で人間の言葉を話す日本人形など目にしたことなど一度たりともないからだ。 「小見山くん………急に君のお姉さんにこんなことをして悪かったよ。だが、私は決して彼女に危害を加えるつもりはない。ただ、お姉さんに今のこの状況を見られてしまうのは………どうにも、好ましくないのでね____」   日和が深々と頭を下げてきたので、面食らってしまう。 しかし、小見山はそれと同時に底はかとない違和感を抱いた。 まるで、喉の奥深くに刺さっている魚の小骨のような___奇妙な違和感を。 「あ、あの………貴方は本当に桐柳日和さんなんですよね?」 灯花の方へ急いで駆け寄っていき、息をしているのを確認し安堵した後に気まずさを抱きつつも、遠慮がちに尋ねる。 「……………」 日和は、それには答えずにこの場を立ち去ろうとする。 「日和さん………っ___俺、どうしても日向と光太郎を探し出したいんです。だから、今からでも一緒に町の図書館に行ってもらえませんか?さっきは訳分からない理由で失敗したけど今度こそっ……」 ぴたり、と足を止める。 「電車は、だめだよ…………」 「え……っ……!?」 「なかったからね、あの頃には…………」 言っていることの意味が分からずに困惑する小見山の様子を見て、その男はくすりと笑みを浮かべるのだった。   ______          ______

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