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第284話

* * * 「あんた……っ____いったい、何者なんだよ!!日向と光太郎にとって、あんたという存在は何だっていうんだ……っ……!!」 「さっき、訳の分からないことを言ってたよな?石鬼だとか……怪異なるモノとか___。まさか、あんたもその怪異なるモノとかいう存在なんじゃないか……っ___日向と光太郎を始末するためにいるんじゃないだろうな?」 突如として響き渡る小見山の怒号___。 本来ならば完全なる静けさが求められる図書館内においては、最も忌避されるべき事であり、周りの人間達から一斉に批難されてもおかしくはない状況だ。 だが、完全に時間が止まってしまい読書に集中していだけの至って普通の人間達が揃いも揃って、まるで人形のように微動だにしないという点においては奇妙だとは思いつつも、然程問題だとは感じていない。    小見山にとって一番問題であり、解決しなければならない事象は目の前にいる【男】の正体が何者かという点であり、更に何故こんな場所で奇怪なことをしたか明らかにした上で、解決する方法を何とかしてこの男から引き出さなければならないということだ。   そもそも、どうして目の前にいる【男】に対して激しい憤りを抱くことになったのか___。 まず、その経緯を明らかにすべきだろう。          * 町にある図書館には、男の言う通り電車ではなく、徒歩で向かって行った。 ぎらぎらと太陽が照りつけているせいで汗が全身に纏わりついてくる。そのため途徹もない不快さを感じてはいたものの、特に変な事は起きていなかったため黙々と歩いて行くことにした。 ふと、足を止める。 今よりも更に幼い頃に、よく来ていた駄菓子屋の看板が目に入ってきたからだ。昔は、母と姉と幼馴染と共に、よくこの駄菓子屋に立ち寄り、皆で棒付きアイスを美味しそうに食べていたのを思い出す。 それが、今じゃ____ 『え〜……嫌よ、そんな古臭いアイスなんて。どうせなら都会のお店のお洒落なのがいいわ。あんた、知ってる?あっちじゃ、パフェっていうものがあるんですって!!都会は良いわよねぇ……田舎はつまらないわ。毎日、変わり映えがしない、味気ないのよ』 などと、姉は好き勝手言うし__そもそも、幼馴染一家は既に都会へ引っ越していて滅多に会えはしない。 そんなことを思い出している内に、あることを思い付いた。そして、それはきっと、この男の正体を明らかにするうえで手掛かりになるであろう。 「あ、あのさ………っ___」 「ん………?何だい__小見山くん?」 どうしても、先程から日和だと名乗ってはいる男の言動からくる違和感さに対して興味と不安さが抑えきれずに、思いきって声をかけることにした。 「図書館に行く前に、少しだけここに寄って行ってもいいかな?ほら、今日は異常なくらいに暑いから――どうしても冷たいものが食べたいんだ。それに、前に日向の奴と一緒に食べたのが美味しくてさ……。それに、さっき助けてくれた御礼もしたいんだ」 「…………」 すると、目の前にいる男は駄菓子屋の看板へと無言のまま視線を向けた。ちなみに、この駄菓子屋にはアイスの味がつらつらと書かれてあるメニューなんて存在しない。 ここはお洒落な店が辺り一帯に星のような数存在する都会ではないのだ。   「日和さんは、何味にする?」 「そうだね、じゃあ___ザクロ……かな」 その後、小見山は駄菓子屋から出てきた。 棒付きアイスを二つ、手に持っていたが両方ラムネ味で、そのうちの片方を日和へと渡す。 「ザクロ味は売り切れだった。だから、はい……これ___」 小見山は、すぐにそれにかぶりついたが男は中々口にしない。ようやく、口にしたかと思うと即座に凄く苦痛そうな表情を浮かべた気がした。 そして、図書館に辿り着く___。 異変が起きたのは、中を観察して手掛かりになりそうな資料を各々が見つけ出して、一斉に机の上に置いてから少し経った後のことだった。 とある資料の内容を目にした瞬間、辺りの景色が一変したのだ。まず、そこら辺にいた人間達の動きがぴたりと止まった。 奇妙なのは、周りの人間達は動きが止まったにも関わらず、自身と日和(日本人形)だけは動けるという点だ。 つまり、これは明らかに目の前にいる男が意図的に他の人間達の動きを止めたということになる。 「小見山くん………君は、もう戻れない所まで来てしまった。だから、君にも知っておいてほしい。実は、日向と光太郎は君やお姉さんみたいな単なる人間じゃないんだ。まず、君にはその事実を受け入れてほしい。それが出来るのなら、俺の正体を君に教えるよ__それができないというのなら、君は今すぐにこの図書館から出ていくべきだ。分かるかな?」 そんな突拍子もないことを言われて「はい、そうですか」と、すんなりと納得するような大人ではなく、小見山はまだ未熟な子供だ。  だが、ここで彼の言葉を一旦受け入れなければ、堂々巡りになってしまうだけでなく、彼は容赦なく《時が止まっている異質な図書館》から追い出してしまうということは彼の真剣な表情から見ても明らかだ。 「話は、かなり昔まで遡る。僕らが住んでいる《嗟玖村》が、まだ《月桜国》と呼ばれていた古い時代のこと。一人の宮殿医師が、ある奇怪な石に心の底から魅入られた。そして、狂ってしまった彼は宮殿にいた王族もろとも全ての者を惨殺して自らの命が尽きようとする最後に石――【黒陽石】を目に突き刺したまま絶命し、最終的に後継者がいなくなった月桜国はやがて滅びてしまった」 「そして、狂った医師の魂は長い長い時を経て――【桐柳日向】として転生したんだ。それも完璧にでなく、未完成のまま。もちろん、日向にその記憶なんてない。ただ、慧螺という狂った医師の半魂は後世において日向の身に残ってしまった。そして、目に埋め込まれた【黒陽石の欠片】も日向の目の奥深くに残ってしまった」 そこまで話すと、その直後に机に置かれてある資料の一部である書物が風も吹いておらず、誰も触れていないというのに勝手にペラペラと捲れていく。   【嗟玖村の奇々怪々噺  著 作者不詳 】 「ここに日向と光太郎の正体について記されているよ。子供である君には、理解できないかもしれない。何しろ、これは__かなり昔に書かれたものだから………」 そうして、少し憂鬱がちに怪し気な書物へと目線を落としてから、男は静かに呟くのだった。

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