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第285話
【きみたちハ、怪異なるものト……石鬼ヲ目ニしたことハ、あるだろうカ】
その一言から始まるその書物は、男によると、どうやら幻想小説と呼ばれるものらしい。
まだ小学生とはいえ、今まで生きてきた中で一度も目にしたことのない書物をいきなり突き付けられ困惑した表情を浮かべたが、とりあえず小見山は一旦はそれを読み進めていこうと努力してみる。
その書物は現代よりも、かなり昔に書かれたらしく、所々何と読むか分からない部分もあったが、その都度丁寧に男は説明してくれた。
怪異なるモノと石鬼とは似て非なる物であり、どちらも黒陽石の恩恵を受けた【人間とは異なる存在】だが、その性質は真逆であると書物には記されている。
石鬼は人間よりも生まれつき体が弱かったり、極稀に《人ならざる存在――いわゆる霊のこと》が年齢関係なく常日頃から見えてしまったりと日常生活を送る上で大変なことも多い。だが、だからといって人間に敵意を向けて傷つける存在ではない。
怪異なるモノは古来より人間を憎み、ゆくゆくは排除しようとする邪悪な存在である。
ざっくりと理解してみたはいいものの、だからといって共に過ごしてきたクラスメイトと、その弟であり自分と相思相愛となった人物がいきなり人外な存在だと突き付けられたことによる動揺は、やはり簡単には消えそうにない。
だからこそ精神的に追い詰められた小見山は、怒りを露わにして、相も変わらず淡々とした口調で突拍子もない話しを続ける男を怒鳴りつけた。
「これだけは、どうか理解してほしい。俺は怪異なるモノじゃない。いや、今は――というべきか………。とにかく、俺は君に何と言われようと日向と光太郎に――地上にいる人間達に危害を加える気はないんだ。ただ、それを明らかにするために俺の正体を話すことにするよ」
「___とはいえ、どこから話すべきか。やっぱり……あの日のことから、話すべきだろうな」
男は瞼の上を両方の人差し指で摘み上げ、憂鬱げな表情を浮かべて、ひとつ溜息をついてから呟いた。
「あの、真夏の日のことから____」
更に、懐から古い万年筆を取り出す。そして、戸惑いを浮かべている小見山の手の甲へ万年筆を移動させると、そのまま意図的にインクをぽたりと落とす。
「大丈夫…………君なら、大丈夫だ………」
やがて、インクがまるで生き物のように意思を持ったかのように小見山の全身を徐々に蝕んでいき完全に呑み込まれてしまう。
それと同時に、小見山は意識を失ってしまうのだった。
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