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部屋を見渡す。
テレビ、テーブル、ベッド、本棚…
それだけだ。
壁にポスターや飾り、趣味めいた置物、CD…そういったものが何もない。
開かれた扉の向こう、キッチンに立ち料理をしている千田の後ろ姿からは何の感情も受け取れなかった。
薬飲ませて、拉致って、、、鎖で自分と繋いで。
明らかな異常行動に、千田に対する警戒心は高まる一方だった。
『好きな子に嫌がらせするほどガキじゃないよ』
『好きな子を易々と逃がしてあげられるほど…』
千田は確かにそう言った。
『好きな子』?
何が好きな子だ。
大学の学部が同じで、選択している講義も被ってはいた。
でもそれだけだ。
千田と三園にはそれ以外の接点はなかった。
存在は知っていたが別に親しく会話をした覚えはない。
トラブルを起こした覚えもない。
好意を寄せられるようなことは何一つとしてないはずだ。
それで『好きな子』とか、ふざけんな。
あの時、差し出されたコーヒーを何の疑いもなく飲んだ自分を殴ってやりたい。
『5日間、僕にちょうだい』
その言葉の意味を考えなかった自分を殴ってやりたい。
「三園、親子丼の卵は完熟派?半熟派?」
キッチンから声を掛けられハッとする。
三園の苛立ちなど無視して、のんびりと聞かれる言葉に舌打ちした。
「わっ!!」
ガチャッ!と音がしたかと思うと、左手首が強く引っ張られた。
「何しやがる…」
グイグイと引かれ、腕に力を込め抵抗する。
そんな三園を振り返りながら、千田は菜箸を振って見せた。
「卵。どっち?」
「…半熟」
「ん、了解」
緩む鎖と、またキッチンに向き直る千田。
この鎖さえ無ければ…
鎖さえ外すことができればここから出られる。
その為には鍵の在り処を聞き出すしか方法はない。
身長は千田のが高いが体格的には負けていない。
むしろ土方のバイトをしている分、力だけなら三園の方があるだろう。
千田を押さえつけ、無理矢理鍵の在り処を吐かすことは難しい話ではない。
…ような、気がする。
「はい、出来たよ。」
「………」
コトンとテーブルに置かれた親子丼からは、温かな湯気が昇っていた。
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