41 / 62
7-2
「…僕が落とした本を三園が拾ってくれたんだよ。」
「は?」
今だ思い出そうと頭を抱えている姿にゆっくりと告げれば、三園はパッと顔を上げた。
「正しくは、君が僕にぶつかって落としたんだけどね。でもその時、三園が誤ってその本を踏んでしまって…すごく慌てて拾ってくれた。」
「………あ、」
「思い出した?」
ニコニコと問われ、三園は「お、おぉ…」と頷いた。
『わりぃ、大丈夫だったか?』
『…どうも』
『いや、悪いのこっちだし…って、ページ折れてんじゃねぇか。うわ~、破れてねぇと良いけど…』
謝りながらオロオロと本のカバーを直す男の姿をまじまじと見つめた。
拾ったのならさっさと渡せば良いのに…
折れたページを手の平で挟み少しでも綺麗にしようとする。
正直、彼が何をそれほど気にしているのかよく分からなかった。
『別に良いよ。それもう読み終わってるから。』
『そういう問題じゃねぇよ。ほんと、ごめんな。』
謝りながら差し出されるそれに手を伸ばす。
『破れてたら弁償すっから』とシュンとしている男が何だか可笑しくて、自然と口角が上がった。
『……どこも破れてないみたいだし、気にしないで。』
『そっか、良かった。』
受け取った本をパラパラ…と捲り千田がそう言えば、男は申し訳なさそうな表情からホッとしたように笑った。
慌てていたかと思えば不安そうな顔、そして安堵のため息。
そのくるくると変わる表情から、なぜか目が離せなかった。
『じゃあ』とその場を去っていく男の笑顔に心がざわついた。
それが三園との出会いだった。
その後、彼が自分と同じ講義をとっていることを知り、何となく目で追うようになった。
意識してみれば目立つタイプ。
それが証拠に、人が集まっている中心には大抵三園がいた。
いつも友人達と楽しそうに会話をし、大きな声で笑っている…自分とは真逆のタイプ。
人との付き合いは疎ましいし、騒がしいのも苦手だが、三園の笑い声は耳に心地よく聞こえた。
「三園にとっては何てことの無い日常だったろうけどね。」
『あの日』を境にモノクロになってしまった自分の世界。
なのに、三園との出会いがそれを変えた。
彼のことだけは輝いて見えた。
「でも僕にとっては、世界が変わる大きなきっかけだったんだよ。」
千田の言葉に、三園の瞳が僅かに揺れた。
ともだちにシェアしよう!