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「ガキのころ、うち金がなくて。食うもんが無いとか珍しくなかったんだよ。」 事業の失敗でできた借金を返すため、三園が小学校に入る頃には両親はいつも遅くまで働いていた。 学校が休みの日でも親が自宅にいることは少なく、祖父母の家に預けられることもあった。 「米も肉も野菜もない。もちろんパンだってあるわけねぇ。そんなときにお袋が作ってくれたのがホットケーキだった。」 小麦粉、卵、砂糖と塩。 どんなに貧しくてもこれだけは切らさなかった母親。 「牛乳はなくても水があるしな。膨らませるために白身めちゃくちゃ泡立ててさ。ガキにしてみたら『オヤツがご飯になったーー!』って喜んでた。親父も一緒に食うときなんか、そりゃもう争奪戦だったな。」 ガキは単純だよな、と三園が懐かしそうに笑う。 それは自分の過去を嘆いたり恨んだりしているのではなく、むしろ誇りに思っている表情だった。 ある程度大きくなれば、2つ年上の姉が食事の準備をしてくれていたし、三園は掃除や洗濯を手伝うようになった。 「働かざる者食うべからずってな。姉貴が料理、俺が片付けってのが暗黙の了解になってたな。」 そういえば…と先程のキッチンを思い出す。 使ったボールやフライパンなどの調理器具は洗って干され、シンク周りも綺麗に拭かれていた。 料理はしないのに几帳面なのだと意外に感じたが…それはそういう理由があったからなのか。 「他の料理はさっぱり覚えられなかったけど、ホットケーキだけは覚えた。まぁ、それだけ頻度が多かったんだろうけど。」 貧乏ではあったが、家族の温もりを感じられる家庭だった。 中学に入り、少しでも助けになるのならと早朝の新聞配達のバイトを始めた。 そうして高校に入る頃には借金を全額返済し、生活に余裕が生まれていた。 「だから高校ん時に買ったこのネックレスは思い入れ強いんだよな。初めてバイト代で自分のもん買ったから…って、これはホットケーキとは関係ないな。わりぃ、話しすぎた。」 ネックレスをギュッと握りしめ、三園が照れたように笑う。 「そんなことないよ。良いご家族だね。」 「いや、なんか語っちまって恥ずかしいから忘れてくれ。」 「忘れないよ、三園のことなんだから。」 視線をテレビに戻すと、千田は大きく息を吐いた。 良い思い出なのだろう、話している時の三園は嬉しそうだった。 僕の家とは大違いだな… 過去を楽しそうに話すのを聞きながら、千田はそう感じていた。 同時に、三園がなぜいつも人に囲まれているのか分かったような気がした。 「三園は、年末とか実家に帰って皆で過ごすんだろうね。」 「…そうだな。まぁ、お袋はいないけど。」 「え?」 「高3ときに、病気でな。」 「……そう」 テレビに視線を向けたまま小さく呟く背中に手を伸ばす。 当時の三園の側にいればとことん慰めたのにな… 思いを込めて背中を軽く叩けば、「なに、慰めてんの?」とカラカラと笑われた。 「ありがとう教えてくれて。やっぱり、三園の作ったホットケーキ食べてみたいな。」 「あ?調子乗んな。」 三園の思い出の味なら食べてみたいと思ったが、相変わらずの三園らしい答えに笑いが溢れた。

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