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浴室からシャワーの音が響く。
閉まりきらない扉からはシャンプーの良い香りが流れてくる。
間もなく日付けが変わる。
テレビも見飽き布団の上でゴロゴロしていたが、日中ほぼ眠って過ごしたせいで全く眠くならない。
「明日になれば…」
明日になればこの邪魔くさい鎖が外れる。
息が詰まりそうなこの空間から出られる。
大学に通い、バイトで汗を流し、友人たちと騒いで遊ぶ…そんな当たり前の日常に帰れる。
何もかも元の生活に戻る、それはこの4日間望んできたことだ。
なのに、何故だろう。
何か不透明な物で包まれているかのように、心がスッキリとしない。
時計の秒針が規則正しく動く。
意識すれば、カチ…カチ…と時を刻む音がハッキリと聞こえる。
「……ん?」
ふと視界に入ったものに三園の視線が止まった。
部屋の一角に置かれた本棚。
講義に使われる教材と資料…その中に一冊だけタイプの違う本が混ざっていた。
この部屋で娯楽と言えばテレビか小説くらいだが、千田は本を保管している様子はない。
『もったいねぇ、捨てるのかよ』
『一度読んだら十分でしょ。とっておく必要がない。』
『売れよ、せめて』
この部屋に監禁されてから、千田が読んだ本は3冊。
そのどれもが廃棄待ちのため玄関の脇に重ねて置かれている。
それらにチラッと視線を投げ、もう一度本棚に視線を戻した。
「よほど気に入ってんのかね…」
捨てられずに本棚に並べられていたそれに手を伸ばす。
知らない作家と作品名。
パラパラとページを捲り冒頭を読んでみるが、文章が小難しくてそれほど興味を引かれる内容ではない。
これが面白いのか?
作者には悪いが正直眠くなりそうな文章。
数ページで読むことに疲れてしまい、本棚に戻そうとした三園の手が止まった。
「………これ」
本の裏表紙。
そこに描かれているイラストには見覚えがあった。
それにこの、折れたページ…
『僕が落とした本を三園が拾ってくれたんだよ』
昨夜の千田の言葉を思い出す。
三園と千田を繋いだ一冊の本。
謝りながら拾ったそれが、今三園の手の中にあった。
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