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8-6
「三園」
静寂の中ふいに聞こえてきた千田の声に、三園の体がビクッと跳ねた。
振り返れば、頭にタオルを被ったままの千田が立っていた。
三園の手の中にある本を見つめていた視線が、三園本人へと移る。
「…シャワーどうぞ」
「お、おう」
「「………………」」
何となく気まずい空気が流れる。
そう感じているのは三園だけかもしれないが。
だって、この本が捨てられずにここにある理由って…そういうことだろ?
自意識過剰な考えだと思う。
けれども他の本とは明らかに違う扱いをしているのは、これが三園と繋がったきっかけだからだろう。
自分の思考にやや呆れながらも、三園はそう確信していた。
ヂャラ…
小さな鎖の音と共に、千田がゆっくりと近づく。
静かな動作に動けずにいると、千田の白い手が本に掛かった。
「…………………」
無言のまま本棚にソッと返す姿を、三園もまた無言で見つめた。
何も言わねぇんだな…
千田が口を開こうとしないのを見つめ、三園もそれには触れないでおこうと視線を外したその時。
「…ブハッ!」
「何?」
千田のそれに気付いた三園は思わず吹き出した。
振り向いた千田が眉を潜める。
それが益々可笑しくて、三園は声をあげて笑った。
「だ、だって…ふははは!お前、耳真っ赤!」
「ッ!」
指摘された千田の顔が一気に紅潮する。
ヒーヒーと腹を抱えて笑う三園から顔を背け、「笑いすぎだよ」と拗ねたように呟く千田の肩を叩く。
「お前、拐うし繋ぐし襲うし、めちゃくちゃなくせに…ふはっ、何こんなことで照れてんだよ!」
腹筋に力を入れ、込み上げてくる笑いを抑えようと努める。
平然と本を戻していたが、実はめちゃくちゃ照れていたのか。
『好きだよ』と真顔で告げたり、濃厚なキスを仕掛けてくる男が、こんなことで顔を赤くさせるとは思わなかった。
やべえ、ギャップすぎて笑いが止まらねぇ。
いつもは飄々とした態度で、何を考えているのか分からない千田が見せた意外な一面。
見られまいとタオルで顔を隠す姿が新たな笑いを誘う。
変態で常識なくて究極にマイペース野郎だけど。
案外可愛いところもあるのだと、三園は涙を拭った。
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