54 / 62

9-1

五日目の朝。 窓の外は薄暗く、ザアザアと降りしきる雨音が静かな室内に響く。 「………………」 無言のまま窓の外を眺める千田の横顔は、何を考えているのか読み取ることができないでいた。 三園もまた、何を話せば良いのかが分からず止むことのない雨音に耳を傾けた。 やがて沈黙に耐えられなくなったのは三園の方で、大きくため息を吐くと口を開いた。 「雨止まねぇな」 「……うん」 「外出たらランニングしようと思ったけど、これじゃな…」 「……うん」 「『うん』以外なんか言えねぇの?」 「…………………」 今度はだんまりかよ。 窓の外を眺めたまま口を噤んでしまった千田に、何度目か分からないため息が漏れる。 今日が約束の五日目。 千田の言葉が本当なら、もうすぐ郵便が届き、この鎖から開放される。 やっと自由になれる。 この隔離された空間から抜け出し、外の空気を吸うことができる。 それは心から願っていることで、窓の外の雨音を聞きながら、玄関にある郵便受けの方にも三園の意識は向いていた。 その向かい側で窓の外を眺める千田の表情は、憂いているようにも、何かを待っているかのようにも見える。 …ほんと、何考えてるのか読めねぇやつ。 話しかけても上の空。 まるきり無視されているわけではないが、いつも以上に無口で。 かと言ってペラペラとお喋りする千田も想像がつかず、たった五日の短い付き合いだがこれが千田らしいとも思えた。 たった? 自分で考えておきながら、その考えに疑問符が浮く。 そうだ普通に考えたら『たった五日』だ。 けれど三園にとって、ここに連れてこられてからの五日間は人生で一番長く感じた。 薬を盛られ、鎖で繋がれ監禁された。 犯罪でしか無いこの行為に関しては、今でも殴り倒してやろうと思える程度には腹を立てている。 けれど… 『僕を刻んで』 そう言って向けられた千田の欲を思い出し、三園の背筋にゾワッとしたものが走る。 正直なところ、千田から受けた合意ではないアレコレに関してはそれほど腹が立っていない。 その事実に頭を抱えたくなる。 決して望んだ訳では無いし、今だって触れようとしてくれば拒絶する。 ただ…濡れた舌の感覚も、千田の熱も、吐息も、不思議と気持ち悪いとは思わなかったのも事実だ。 何より、酔ったときに見せたあの瞳が…三園の脳裏から離れない。 あの瞳と視線が絡んだとき、一瞬でも受け入れようとしたのではないか… 「……腹減った」 自分の感情に些か納得いかず、これ以上考えると何かいけないほうに向きそうで。 誤魔化すように三園は呟いた。

ともだちにシェアしよう!