57 / 62
10-1
ジャラジャラジャラ…!
金属音をたてながら床に落ちた鎖を見つめた。
自由になった左手首。
そこを擦りながら顔を上げれば、同じように自由になった右手首を擦る千田と目が合った。
「軽いね、鎖ないと。何か物足りないな。」
「、」
苦笑しながら呟く千田の言葉にカッとした。
「おい」
「え?」
「歯食いしばれ」
言葉と共に三園は右腕を振り上げた。
ガッ!!
拳に伝わる衝撃と、後ろに倒れる千田の姿。
フーッ、フーッと荒い息を吐きながらも、三園はもう一度振り上げた腕を無理やり抑えた。
「…………………」
「…………ッたぁ…」
ベッドにしがみつくようにしていた千田が呻く。
そうしてゆっくりと体を起こせば、小さな硬いものがフローリングに落ちた。
「「あ…」」
二人の声が被る。
カツン…と床を転ぶ血の付いた歯に、千田がクツクツと肩を揺らした。
「なかなか効いた、今の」
「フンッ」
正直まだ殴り足りない。
けれども、口から血を流し、己の抜けた歯を拾う千田の姿に少しだけ溜飲が下がる思いがした。
「今ので!」
「うん?」
ティッシュで口を押さえ血を止めようとしている千田を指差す。
「今の一発で我慢してやる。」
「うん…」
「だから、ちゃんと謝れ」
「………!」
真っ直ぐに見下ろしながら告げられ、千田は一瞬目を大きくした。
本当ならもっと殴りたいだろうに。
通報されたとしても、それはそれで仕方ないと思っていた。
なのに三園はこの一発で、千田の身勝手な行いを許そうとしているのか。
「ちゃんと、謝れ」
怒りの感情を瞳に宿したまま、繰り返される言葉。
これは…いったいどういうことなのだろう。
『許される』と、三園の中の自分はどうなるのだろうか。
『忘れられる』…のだろうか?
「…………………」
暫く続く沈黙に、「おい」と三園が痺れを切らす。
それを遮るように手を上げると、千田はゆっくりと立ち上がった。
少しよろめく体を何とか支え、口を押えたまま頭を下げる。
「………三園の」
「………………………」
小さな声は少し震えていて。
「君の意思を無視したことは…謝る。ごめん。」
「おう」
素直に謝罪の言葉を口にするその姿に、三園は少しだけ驚かされた。
千田の赤くなった頬と血の滲む唇に、これは腫れるだろうななどと考えていれば、千田が言葉を続けた。
「けど…監禁したこと、君に触れたことは謝らない。」
「はぁ?いや、そこが一番重要だろ!」
三園が思わず声を荒げれば、千田はフワリと笑った。
「三園が好きだから」
「っ、」
「だから、謝らない」
強い意志のこもった瞳に三園の言葉が詰まった。
「…んだよ、それ。勝手すぎんだろ…」
どう返せばよいのか分からず、その瞳から逃げるように三園は視線を逸らした。
それに千田の体が咄嗟に動いた。
「な、」
「あ…」
ほぼ無意識に抱き締めてしまい、千田自身も戸惑う。
けれども、抱き締めた体は温かくて…離すことができない。
「ごめん、少しだけ」
「ハァ…ほんと、なんなんだよお前」
怒っているとも、呆れているともとれる大きな溜め息が聞こえ、千田はギュッと瞳を閉じた。
ごめん、三園。
本当に…大好きなんだ。
だから刻み続けて欲しい、君の中に僕を。
そのために君の時間を奪ったのだから。
「いっ…!!」
三園の裸の肩に、キツく歯を立てる。
途端に暴れる三園の体を腕に力を込めることで押さえ込んだ。
忘れないで、この五日間を。
消さないで…君の中から『僕』を。
「駄目だよ、僕を許しちゃ。」
噛み付いた跡に、唇で触れる。
祈るように告げられた言葉に、三園の身体が震えた。
ともだちにシェアしよう!