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第10話

 翌日の昼まで清正の家で過ごし、午後になってから秩父にある小さなアクリル工房にクルマを走らせた。  村山(むらやま)アクリルは特殊なアクリル制作を請け負う個人の工房で、雑貨の試作品製作を多く手掛けている。工房主の村山は三十代後半の背の高い痩せた男で、比較的新しい素材を扱っているわりに職人気質で頑固だった。  光も相当頑固なので何度も言い争いになり、険悪になって付き合いが途絶えかけたこともある。けれど、その度にどちらかが代替案を考え出し、一度はダメだと断った内容に再検討を加えて別の形の提案をし、歩み寄る努力を繰り返して、最終的に互いの考えを一つにするような製品を作り上げてきた。  その結果、今では強い信頼関係が築かれている。 「日曜日だぞ」  工房のドアを叩くと、髭も剃っていない村山が呆れたように出迎えた。 「だって、いると思ったし」 「いるにはいるけどよ」  休みの概念がないのはお互い様かと諦めたように作業場に招き入れる。 「例のやつだろ」  依頼主ごとに試作品を管理している鍵のかかった保管庫から、光が頼んでいた照明器具の見本を運んできた。 「こんな感じでどうだ?」  四角い物体の角の部分を指して村山が聞く。  一見カッチリと尖って見える部分がわずかにカットされている。その部分を指で触れて、光は頷いた。  村山が同じデザインの別の試作品を選び出す。 「そっちは目立たないように薄くカットしたほうな。で、こっちはカットした部分をはっきりさせたやつ」  光はそれも手に取った。コーナーが三角形にカットしてある。まっすぐなラインがプリズムように光を反射する。  光は最初の製品を指差した。 「今回のデザインなら、こっちがいい」 「うん」  村山も満足そうに頷く。全体が透明ならば三角のほうも悪くないけどなと言われて、「さすがだね」と笑った。  けれど、その直後に光は唇を噛んで視線を落とした。 「どうした?」 「……せっかく作ってもらったけど、これ、商品にならない」 「なんでだ? すごくいいじゃないか。依頼先が断ってきたのか?」  もともと、依頼品ではないのだと告げた。 「それでも、これならどこででも売りたがるだろう?」  光は黙ってスマホを取り出した。  ラ・ヴィアン・ローズのページを表示すると、探すまでもなくトップページにその商品は載っていた。  それを村山に見せると、平らな眉間に皺が刻まれた。 「これは?」 「ラ・ヴィアン・ローズの春の新商品。……ガラスでできてる」 「ガラス……?」  眉間の皺が深くなる。  アクリルよりもガラスのほうが高級だと考える者が時々いる。アクリルの持つ、壊れにくく傷がつきやすいイメージを安っぽいと感じるらしいのだ。  けれど、村山が特許開発したコーティング技術は傷を寄せ付けない優れたものだ。村山のアクリルは樹脂のように滑らかで、ガラスと同じ透明度を持ちながら軽くて壊れにくい。  繊細で壊れやすいために高価なものは、確かにある。希少性がそうさせるのだ。壊れるから美しいのだと言う人もいるし、その美学はわかる。否定するつもりもない。大切に扱われる理由もよくわかる。  それでも、実用的なことが価値を下げるわけではないと光は思っていた。高いからいい、安いから悪いというのではなく、壊れにくく丈夫で、扱いやすいいことが大切な場面もたくさんあると思っていた。  軽く、割れにくいライトを、光は汀のためにデザインした。  村山が開発した技術でコーティングの内側に薄い和紙を挟み込んで、擦りガラスに似た質感の市松やストライプを組み合わせる。四角い照明器具は、角の部分にわずかなカットを施すことで、触った時にも滑らかになるように工夫した。転んで頭や身体をぶつけても、大きな怪我をしないように……。  涙が零れそうになって、慌てて瞬きをする。 「試作品だけ、俺が家で使う」 「待てよ。あんたも、ガラスのほうがいいと思ってるのか」 「そんなわけないだろ!」 「だったら、なんで……」  光は顔を歪めて拳を握り締めた。自分がふがいないせいで、村山の矜持も傷つけた。  それだけではない。  商品として店に並んでしまった今、あのライトはそれぞれの家庭で使われる。形を気に入って使ってくれる人たちに大きな不満はないかもしれない。光が思うほど、人はこだわらないのかもしれない。  けれど、光が届けたかったものはあれではないのだ。  もっと小さな子供のいる家庭に置いても安全な、軽やかなものを作りたかった。 「あんなの、作りたくなかった」 「また、わけわかんねえこと言うなぁ。あんたがデザインしたんだろ」 「だけど、あんなの……」 「まあ、わかったよ。あんた、口で説明すんのは下手だけど、俺の仕事を信用してくれてるのは知ってるからさ」  うつむく光の手から照明器具を受け取って、村山は呟いた。 「せっかくいい感じの寸法に仕上がったのにな……」

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