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第11話
村山が箱を用意している間、光はぼんやりと照明器具の試作品を眺めていた。
外にもう一台クルマが停まる気配がして、入り口のサッシを誰かがガタガタ鳴らした。
「大悟 、いるかい?」
村山が舌打ちする。
「……ったく、どいつもこいつも。カレンダーってもんを知らねえのかよ」
「あ。やっぱり、いるじゃないか……。おや? なんで、光がここに?」
仕立てのいいスーツに身を包んだ男が、優雅な仕草で作業場を横切ってくる。甘くスパイシーな香りがかすかに漂った。
「社長……」
「なんで、おまえまで来るんだよ」
大口取引先の社長である堂上に、村山はひどくぞんざいな物言いをする。
四十代の堂上は、年齢的にも村山より上だ。しかし、堂上のほうでも気に留める様子はない。どうやら個人的にも親しい間柄なようだった。
作業台の上に並ぶ照明器具を見て、堂上が聞いた。
「それは?」
「勝手に入ってくるなよ。他社の人間に試作品見られたらヤバいことくらい知ってるだろ」
「……うちの、新商品? いや、少し違うな」
「だから、見るなって言ってる」
村山が急いで試作品を箱にしまう。
「どういうこと? どうして、ここにそれがある?」
「別にいいだろ」
「よくはない。状況だけで判断すれば、それはうちのコピー商品だよ」
「はあ?」
気の短い村山が威嚇するように一歩前に出る。長身の二人が厳しい表情で睨み合った。
「コピーなんかじゃない」
光の言葉に、堂上が振り向いた。
「どういうことか、事情がわかっているなら説明してくれる?」
「あいつが……、淳子がデザイン盗んだ」
堂上と村山が同時に大きく目を見開く。
光はそれきり唇をぎゅっと結んで横を向いた。証拠はない。信じるか信じないかは、それぞれが決めることだ。
しかし、どちらも「本当なのか」とは聞かなかった。
光とのつきあいはそれぞれ六年目になる。頑固で扱いにくく、時によくわからない言動でまわりを振り回すことはあっても、嘘や冗談でそんなことを言う光ではないと、よくわかっているのだ。
一度スマホを手にした堂上が、やや迷った後でそれをポケットに戻した。今、松井に聞いても無駄だと判断したのだろう。
「証拠はないんだね……」
光は頷いた。
仕事部屋にあったのはスケッチだけだ。最初のアイディア出しのほとんどを、光はペンや鉛筆などで紙に描いてゆく。プレゼン用にデジタル化するのは最後のほうで、その作業をする時には頭の中で製品が完成している。試作品が先にできていることも多かった。
デジタル化した日付や、試作品を発注した時期が証拠になるかもしれないが、今、すでに店頭に並んでいるのなら、松井のほうが先に動いている可能性も高い。スケッチブックに残る日付も、後から書き入れたのだと言われればそれまでだ。
デザインが盗まれたことを、第三者に証明することは難しいだう。
「気付いたのは、いつ?」
「昨日」
店に並んでいるの見たと告げる。
「昨日……。盗まれたのがいつかは、わかるの?」
「半年くらい前、あいつがうちに来た。近くに来たから寄ったって言ってたけど、なんか変だと思ったから覚えてる」
薔薇企画で、松井は光の教育係だった。仕事の進め方や社内ルールなどは全て松井に教えられた。光のやり方も知っている。
初めのうち、松井はずいぶん親切で、光をペットか何かのようにそばに置きたがった。けれど、薔薇企画の中で光が頭角を現し始めると、今度は逆に疎まれるようになった。
納得しないと動かない光の頑固さも気に入らなかったようだ。諍いが増え、最後は追い出されるようにして光が会社を辞めた。
独立してやってみろと言ったのは堂上だったが、扱いにくい光を松井がクビにしたのだと、まわりの誰もが考えた。
光自身はモノさえ作れれば、どこで仕事をしてもよかった。独立するといっても、最初のうちは薔薇企画から仕事が回されることになっていたし、薔薇企画のほうでも光の抜けた穴を簡単に埋めることはできないので、お互いに話が着いていた。
光としては、毎日出勤しなくてよくなっただけ楽になったと思っていた。
薔薇企画以外の仕事も受けることができる。決して悪い条件ではなかったのである。
そんな状況だったので、薔薇企画本社とのやり取りは続いていたし、事務所兼自宅に会社の人間が来ることも珍しくなかった。
それでも、あれだけ光を嫌っていた松井が、急に自分から訪ねてきたことには、さすがの光も違和感を覚えた。
「盗むだけの時間はあったのかい?」
「十分くらいうちにいたし。お茶くらい出せって言われて、席外したし」
スマホで写真を撮れば簡単だろう。図面やデザインを扱う部署で端末の持ち込みを禁止するところがあるのはそのためだ。
しかも、ペットボトルの緑茶をグラスに注いで戻ると、松井はそれに手も付けずに立ち去った。
「絶対、あの時だ」
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