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第12話
光にバレても、どうせうまく人に説明できないだろうと舐めてかかったのだ。実際、今の話を人にしたところで、たいていの人間は相手にしないだろう。
けれど、光の話を聞いた堂上は「なるほどね」と簡単に頷いた。
建前だけでも「決めつけるのはよくない」などと、無駄なことは言わない。光がこの男を信じるのは、こういう部分があるからだ。自分の目で見て、耳で聞いて、自分自身で下した判断を疑わない。それが堂上の力だった。
「だけど、店に並ぶまでに、どこかで気付かなかったの? 例えば、本社に来た時に試作品を見るとか、そういう機会はなかったのかな?」
「……そう言えば、最近仕事が来てない。だから、会社にも行ってない」
「なんだって?」
堂上が目を見開く。
「どのくらいの期間?」
光は指を折りつつ記憶を辿る。
「最後の納品確認に行ったのが秋くらいだったから、もう三か月くらい行ってないかも……」
「それだけ間が空いていたら、仕事が暇で仕方なかっただろう?」
「よそからの仕事も、少しはあったし……。でも、言われてみれば、暇だったかも」
仕事があるなしに関わらず、絶えずあれこれと作ったり考えたりしているので、あまり気にしていなかった。けれど、思えば春先の依頼に合わせて用意していたデザインはまだ一つも形になっていない。
「俺、干されてたのかな」
堂上は額に手を当てている。
「このところ僕も忙しくて、すっかり松井くんに任せていたからねぇ……。でも、そうか。そういうことか」
これで少し納得した、と社長の顔になって頷く。
昨シーズンの動きがあまり振るわず、一月の売り上げもぱっとしない。定番商品が堅調なので、全体としての利益はそこまで大きく崩れていない。だが、新商品の動きが悪いことがずっと気になっていたのだと言った。
「今日、ここに来たのも、春からの商品の出来が気になったからなんだよ。でも、光に仕事を出していなかったなら、原因は間違いなくそれだろうね」
堂上がにこりと微笑む。誰もが惑わされる人たらしの顔に戻って、笑みを深くした。
堂上は、切れ者すぎて冷徹なところのある男だ。けれど、この顔からそれを知ることは難しいだろうと光は思った。
「ところで、光。明日は、時間あるかな?」
唐突に聞かれて、「いつでも暇」と答えた。
何しろ干されているので、急ぎの仕事は何もない。
朝一番に本社に来るように言われて了承した。
堂上を残して先に村山の工房を後にし、一日ぶりに自宅マンションに帰る。しかし、壁のスイッチを押しても、なぜか電気が点かなかった。
「なんでだ……?」
思い当たるのは、料金だ。また引き落としがされなかったのに違いない。
通知が来ていたはずなのだが、よく見ないでDMと一緒に処分したのだろう。片付けだけは得意だと自負する光だが、なんでもさっさと処分する一方で、必要なものまで一緒に捨ててしまうことがざらだった。
郵便物の仕分けや預貯金の管理、冷蔵庫内の食品の賞味期限のチェックなどは、どれも苦手だ。何かを作っていると、ほかのことが何もわからなくなってしまう。
仕方なく、スマホの明かりを頼りに当面の着替えと仕事に必要な最小限の画材とパソコンをクルマに積み込んだ。
向かった先は、清正のマンションである。
「ひかゆちゃん!」
満面の笑みで汀に出迎えられて、癒される。
「どうしたんだよ、おまえ」
「電気が……」
「またか」
清正がガックリと肩を落とす。
「二、三日置いてください」
「もう、この際、二、三日と言わず、ずっとここにいろよ」
「え……?」
「なんか、俺、おまえを一人暮らしさせるのが嫌になった」
汀を抱き上げた光を見下ろし、少し困った顔をした。
「い、嫌になったって……。何だよ、それ」
「おまえ、今、家で一人で仕事してるし、飯とかちゃんと食わねえし、孤独死とかしてても気付かれなさそうだし。それに……」
「孤独死……」
「こよくち?」
さすがにそれはないと思う……。
「とにかく、一人暮らしはやめよう。このまま、しばらくうちで一緒に暮らしとけ」
「パパ、ひかゆちゃん、じゅっとおうちいゆの?」
そう、と勝手に清正が答える。きゃあと歓声をあげて汀が嬉しそうにはしゃいだ。
「どうせ二、三日はいるんだろ。その間に考えておけ」
くしゃりと髪をかき混ぜられて、うんと頷く。清正のそばにいられるのは嬉しいけれど、理由もなく、期限もないというのは、なんだか不安だった。
理由や期限がなかったら、と光は考える。
出てゆく時にはどんな理由ができるのだろう。
(ひどい喧嘩をするとかか? それとも……)
清正の再婚。
考えると胸がチクリと痛んだ。
一度距離が近付くと、元に戻るだけで、以前より遠くなるような気がする。清正の「彼女」になり、その後別れた女性たちを見ていて、そう思った。
だから……。
停まった電気やガスが、普通に使えるようになるまで、あるいは、ほかのどんなことでもいいから、理由とか期限があったほうがいいと思う。
黙り込んでいると、清正が言った。
「うちにいてくれるなら、その間、汀の迎えを頼みたいんだよな」
しばらく帰りが遅くなりそうだから、と続ける。
「うん。わかった」
「光……」
もう一度光の髪を梳いて、清正が何か言いかける。なかなか続きを言わない。
「何?」
「いや、いい。とりあえず入れよ」
「うん」
「ひかゆちゃん、どうじょ」
嬉しそうに笑う汀に手を引かれ、再び清正のマンションに足を踏み入れた。
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