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第13話

 堂上との約束通り、朝一番で薔薇企画の本社に出向いた。  三階の企画部に上がっていくと、会議用のテーブルに夏展開の試作品がいくつか並んでいた。日常品価格の量産されるグラス類に目を留め、光はうんざりと顔をしかめた。 「このグラス、縁近くのこのラインいらないよ」  ぼそりと呟くと、ちょうど顔を出した堂上が光の手元に目を向ける。 「でも、ラインなしだと定番商品と代り映えしないからねぇ」 「どうしても入れるなら、あと四ミリ上。ラインの幅も半端だから、細くするか色を変えて太くする。じゃないと重い」  グラスを持ち上げた堂上がしばし考える。  光は隣のグラスを手に取った。 「こっちはドットの入り方が雑。なんで、この位置に等間隔で入れるの? サイズか位置を変えないと重いよ。夏の商品なのに……」  うまく説明できない苛立ちから、スケッチブックを開いてサラサラと二つのグラスのデザインを描いた。それを見て堂上が唸る。 「思った以上に違うね。もう少し力のあるデザイナーを探したほうがいいかな。誰が作ってもそれなりの商品にはなってるけど、どこという難がないのに売れないのは、こういうことなんだね……」  そばにいた新人デザイナーに、堂上が声をかける。 「松井くんを呼んでくれる?」  一瞬、きょとんとした彼女が「あ、淳子さんですね」と言って、奥にあるチーフ用のブースに向かった。  ブースから出てきた松井は、光の姿を目にすると硬い表情になった。少しの躊躇の後、覚悟を決めたかようにつかつかと歩いてくる。  特徴のある香水の香りが漂う。光を無視して、松井はまっすぐ堂上に向き合った。 「何か」 「どうして光に発注しないんだい?」 「お忙しそうでしたので」  ぬけぬけとそんな言葉を吐く。雑誌に取り上げられて、依頼が殺到しているだろうからと。  堂上の指示で取材を受けたのは女性誌のコラムで、発売されたのは昨年末だ。半年前からの発注停止とは関係ない。それに、作品よりデザイナーの顔を大きく載せるような記事だ。たいして仕事が増えることもなかった。 「このグラス、デザインを再検討して。光、そのスケッチをもらえるかい?」 「金を払うなら」  即座に口にすると、松井の目が光に向けられた。 「依頼したわけでもないのに、デザインの押し売りをする気かしら?」 「使うなら、金払えよ。当たり前のことだろ」 「バカ言わないで。ここまでアイディアを詰めてきたのはうちのデザイナーよ。少し手を加えただけで……」 「そいつがやったこと、全部、無駄」  定番商品と変わらない形状に、毒にも薬にもならない柄を入れただけ。何を目的に商品を作ったのかすらわからない。作り手のほうに、デザインの意味を理解する気がないからだ。 「時間をかけて、何度も打ち合わせをしてこのデザインに決めたの。今、少し細かいところを変えただけで、どうしてそれを……」 「どう努力したかなんて、何の意味もないって言ってんだよ」  松井の頬が引きつる。  堂上は可笑しそうに笑って眺めているだけだ。 「努力に意味がないですって? あなたって、いつもそうね。ものごとにはやり方ってものがあるの。努力とか道のりが大事だってことは、子どもだって知ってる。大体、人のやったことに意味がないだなんて、どうして言えるの? 言われた人の気持ちを考えたことはないの?」 「気持ち? 何だよそれ。頑張ったって意味ないだろ。ダメなものはダメ。どうやってここまできたかなんて関係ない。できたものがいいか悪いか、それだけだ」  あたりはしんと静まり返った。

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