14 / 63
第14話
「聞きました? この子って、いつもこう。自分は適当にスケッチを描くだけで、人の努力を無にしてもなんとも思わない。クビにしていただいてせいせいしたわ」
堂上の眉が上がる。顔は笑ったままだ。
「僕は光をクビにしたつもりはないよ。バックアップして新しい事務所を持たせただけだ」
「自宅で一人、好きな時に働くいい加減な事務所をね」
「そんなのあんたに関係ないだろ」
依頼された仕事はちゃんとこなしている。松井にどうこう言われる筋合いはない。
「光にはあのやり方でいいんだよ。この子が会議に出たところで、何の役にも立たない。それより、あれだけの仕事量なら、個人でやったほうがよほど収入になる。光は勤め人よりフリー向きだと思ったから、独立させただけだ」
堂上は真顔になった。
「グラスは光のデザインで作ってもらう。既定のデザイン料を支払うように。それから、内部、外注問わず、デザイナーにはもう少し指導を徹底してもらおうか。定期の量産ラインでも、今の実力では使えない」
「このデザインでも十分……」
「悪くはない? でも、光のデザインを見れば、差は歴然だよね」
どちらを選ぶべきか判断できないわけではないだろうと、松井に問う。
「でも……」
「うちのようなコンセプトの企業は、デザインの良し悪しが命だよ。この先も新作の売り上げがよくないようなら、きみの管理責任についても考える」
そのつもりで、という堂上の言葉に、松井の顔がさっと青ざめる。
ほら、と光は心の中で思った。
イエローカードの一枚目。
表向きは紳士。一見穏やかに見える。だから、多くの人間が堂上にすり寄る。
けれど、この男の目は厳しいし残酷なのだ。味方に付ければ頼りになるが、使えないと判断されれば即座に切られる。
「今のうちにめいっぱい使っておくといい。そのうち光のデザイン料は倍以上に跳ね上がるかもしれないからね」
「冗談はやめてください」
「冗談を言っているつもりはない」
「また雑誌の取材でも受けさせるつもりですか」
ひきつった笑顔で口にする松井に、堂上は声を出して笑ってみせた。だが、その視線はどこか冷やかだ。
「取材が殺到するようなら嬉しいね。きみか光がコンペに通ってくれれば、僕も鼻が高いよ」
[コンペ?」
コンペの話など、光は聞いていない。
「まさか、此花も参加させるんですか?」
「なんだよ。コンペって」
「ああ。それを言うために呼んだんだよ」
コンペと言っても、堂上の中ではオーディションに近いイメージでいる。そんな話をいきなり始める。新規に立ち上げるブランドのメインデザイナーを探したいのだと。
「参加するのは、一定の条件を満たした若手のプロだけ。会議で名前が上がったデザイナーに、僕が声をかけている。今のところ十人ほどのデザイナーが参加を希望してる」
入賞した場合は作品を商品化、報酬はロイヤリティで支払う。さらに、その後三年間のデザイナー契約を結び、新ブランドの顔としてデザイナー自身をプロデュースしたいのだと続けた。
「必ずしも専属契約ではないから、他の仕事を受けても構わない。ただ、一定量の仕事を請け負ってもらう」
ロイヤリティの割合を聞き、光は軽く口笛を吹いた。
「デザイナーの名前をそのままブランド名にするのもいいと思ってる。服やバッグのハイ・ブランドのようなイメージで売りたい」
コンセプトは、『ラ・ヴィアン・ローズ』よりも高級志向に設定。『ラ・ヴィアン・ローズ』のメインターゲットが暮らしを楽しむ中流層だとすると、それよりさらに上の、生活水準の高い一般富裕層、デザインにこだわる美術関係者、業界人、それらのハイクラススノッブが選ぶブランドにしたいと言う。
「要するに、単価の高い商品で儲けたいんだよ」
露悪的に、そんな言葉を付け加えた。そのための付加価値を作り出せるデザイナーを発掘したい。若手を選んだのはコスト以上のよいデザインが期待できるから。デザイナー側からも一流への足掛かりを掴むいい機会になる。
「ウィンウィンの素晴らしいビジネスモデルだろう?」
ピースサインを掲げてにやりと笑う。堂上の話を聞いて、光は「ふうん」と頷いた。
「あれ? 喰いつきがよくないね。ほかのデザイナーたちは、タイトなスケジュールにも拘らず参加を希望してきたのに」
「あんまり興味ないし」
ともだちにシェアしよう!