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第15話
「光にはこっちじゃなかったか」
エサを間違えたと堂上が苦笑する。
「じゃあ、こんなのはどう? 新しいブランドでは、今までよりも自由に、もっと冒険したデザインも可能。コストの面でも幅が広がる」
「コストも?」
「うん。売れ筋を外すのもありだよ」
光の表情が変わる。
プロダクト・デザインでは製品化が大前提だ。美しいだけでなくコストや生産性など、多くの規制がある。使いやすさや耐久性も求められるし、流行や売れ筋のラインを外さないことも重要だ。それらを全てふまえた上でデザインする。それが技術であり、光の得意な部分でもあるのだが、一方で、自由度が増すことには別の魅力があった。
光の興味を引いたと見て、堂上は満足そうに続ける。
「ただ、懸念材料が二つあってね。一つは、僕が求めるデザイナーに本当に出会えのるかってこと、もう一つは、同業他社に先を越されないかってこと。ブランドが支持を得られるまでは、先行した者が有利だ。僕が考えたアイディアなのに、真似をしたと思われるのは心外だからね」
その二つを同時に回避するために、スケジュールをかなりタイトに設定したという。
「五月連休の前には一号店がオープンする。その時に並ぶのは海外雑貨を中心としたセレクト品になるかもしれないけど、オリジナルの一部を置ければ一番いい。最低でも予告を打つところまで進めたい」
それらを逆算すると、コンペの結果発表を三月中に行う必要がある。堂上の言葉を聞いて、光は目を剥いた。
「ちょっと待て。今、一月の三週だぞ」
発表が三月中。ならば、締め切りはいったいいつになるのだ。
「作品の提出締め切りは来月末。プレゼンボードと試作品をいくつか出してもらう。光のスケジュールが一番きつくなっちゃっうけど、まあ、できるよね?」
にっこり笑う堂上に唖然として言葉を失う。
簡単に言ってくれる。
ふだんの依頼仕事だったとしても、引き受けるかどうか迷うレベルの厳しさだ。
締め切りまでのスケジュールを頭に描き始め、自分は堂上の話に乗るつもりでいるのだと気付く。同時に、堂上の言っている意味も理解した。
仕事の速さとやる気も含め、人材を求めているのだ。
「此花を参加させるのは、時期尚早です」
松井が口を挟んだ。
「若手に限定すると仰っていますが、ほかの参加者は此花より上の世代の、業界内でも名前の通った人ばかりです。社会人五年目の無名デザイナーが参加するのは、いくらなんでもほかの方に失礼ではありませんか」
「まあ、そうかもしれないんだけどね……。でも、僕は光にも参加してほしいんだ。それに、このメンバーの中で光がグランプリなんか取ったら、すごく面白いと思わない?」
「取れると思ってらっしゃるんですか? いくらなんでもまだ無理ですよ」
松井が鼻で嗤う。
下手をすれば宣伝目的の出来レースだと思われかねない。そう言い添えた。
「そうだね。雑誌やネットニュースでも取り上げてもらえるよう、手回ししてる。社内の人間が選ばれた時に、納得できない出来のものだったら批判が集まるだろうね。ほかの誰もが納得するくらいの、圧倒的にいい作品を作らなきゃ。光も、それから松井くんも、今回の条件の中では、むしろ不利になると思ってて」
全体を並べた時に、強いて言えばそれが一番。そんな作品ではだめなのだ。もっとも堂上が求めているものは、最初からそんなものではない。光たちに限らず、本当にいいと思う作品が現れなければ、協賛したメディアに叩かれても、グランプリはなしということもあると続ける。
「妥協はしない」
やわらかな笑顔と裏腹の、厳しい言葉が呟かれた。
妙な圧を感じて視線を上げると、松井が鬼の形相で睨んでいた。目の奥で炎が燃えているような気さえする。
その松井の目を、光も睨み返す。色素が薄く、氷のようだと言われる目で。
「負けないから」
松井の低い声に、口元を歪めた。
「アイディアが浮かばなかったら、いつでも盗みに来いよ。ただし、その時はそのまま使え。俺がデザインしたものを勝手に変えるな。今度、俺の作品を殺したら、あんたを、俺が殺してやる」
ぱん、と平手で頬を張られた。
周囲から視線が集まる。光は松井を睨んだまま一歩も動かなかった。
二人のやり取りを見ても堂上は平然としている。しんと張り詰めた空気もまるで気にすることなく、最後にこう言い添えた。
「女性誌とのコラボの関係で、テーマがある。一応、それに沿った作品を作ってほしい」
「テーマ?」
堂上は、光の顔を見てにやりと口元を緩めた。
「恋」
それからやっと、自分の部屋に光を促す。
「詳細を説明するからついておいで」
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