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第33話
しがみつくように清正のパジャマを掴んだ。いやだと繰り返すと、「バカだな。大丈夫だよ」と優しく背中を撫でられた。
「まだ待つよ。さんざん待ったんだ」
「さんざん?」
ああ、と耳元で声がした。
「おまえに会った時、世界にはこんなに綺麗な生き物がいるんだって驚いた。絶対に汚したくないって思った。だから、ずっと俺のそばに置いて守ろうって決めた」
「な、何それ。いつ……」
「だから、中二の時だよ」
最初から一目ぼれだったと言う。
「はじめは女の子だと思ってたから、男ってわかった時はちょっとびっくりしたけど」
「なんだよ、それ」
「でも、気持ちは変わらなかったな。時間が経つほど、なんでこんなに純粋で汚れないんだろうって感動したし」
「感動って、おまえ……」
大袈裟だ、と目を逸らすと清正が笑う。
「感動して、綺麗なまま守ろうって思うのに、一方では、なんかこうむらむらしてきちゃってさ、おまえに触りたいしキスしたいし、もっとすごいこともしたいし……」
「ええっ?」
「青い麦の思春期は、けっこう大変でした」
何の告白だと呆然としていると、身体が少し離された。
「大事にしたいのに、欲しくて」
きらきらと黒い瞳が光の目を見つめる。
「光……」
「……清正?」
「光が、好きだ」
(あれ……?)
ふいに、中二の時の記憶がよみがえった。出会って間もない頃の、お揃いのブックカバーを女子にからかわれた時の記憶。
「……あの時も、清正同じこと言った」
「あの時?」
「ブックカバー破かれて、俺が泣いた時」
一瞬、目を見開いてから、清正が笑う。蜂蜜を溶かしたような金色の笑顔。
「ちょっと前に言ったことは忘れてたくせに、そんな昔のことは覚えてるのか」
「覚えてる。ヘンな意味じゃないって言った」
ヘンな意味ではない。ずっと友だちだと清正が言ったから、光はそれを信じた。
なのに……。
「あれは、嘘だ」
「えっ! う、嘘……?」
「そう、嘘だ」
短い言葉と一緒に唇が触れる。そっと促されて開いた歯の間に、熱い舌が差し込まれて意識が蕩ける。
竦む舌を絡め取られて、心臓がぎゅっと締め付けられた。
「ん……」
苦しくなって一度逃れる。すぐにまた唇が塞がれる。
「光が好きだ」
わずかな息継ぎの合間に清正が囁く。
「好きだ」
最後は少し笑いながら「ヘンな意味で」と囁いて、もう一度口づけた。
肌の上を手のひらが滑り、心臓がドキドキと鼓動を速める。初めて知る官能の甘さに、自分がどうにかなってしまいそうな心細さを覚えた。
助けを求めるように清正の名を呼んだ。
縋るように腕を回すと、きつく抱き返されていっそう苦しくなった。
それでも、何度も背中を撫でられるうちに少しずつ安堵に似た気持ちが広がってゆく。光はいつも、清正の腕の中にいれば安心だった。このままずっと、清正に抱きしめていてほしい。そう思った。
ドキドキと甘い痛みが幸福に変わってゆく。
けれど、次の瞬間、下肢に湿ったような熱を感じて、ギクリと身体が強張った。硬く熱いものが、ソファに押し倒された光の脚に押し当てられる。
「な、な……。これ……っ?」
「光、もっとこっちこい」
「え……? あ、あ……っ」
敏感な場所に熱の塊を押し付けられて、頭がパニックになる。
「い、いや……だ。清正……っ!」
何をするんだ、と全身をゆでダコのように真っ赤にして、叫んだ。
「き、清正……、清正、あ……っ」
「もっと、こっち」
「ぎゃあ、わ……、や、やめろ、バカ! あ、あ、バカ清正、離せ……!」
叫んで、清正を叩いているうちに、ゴトンと頭がソファから落ちる。ようやく清正が身体を離して、光を見下ろした。
「そんなに嫌か?」
「嫌だ」
「なんで? 光だってちゃんと硬くなってたじゃないか」
だからだ、と床に落ちたまま目で訴える。
光を抱き起こし、赤くなった顔を覗き込みながら、清正がもう一度「なんで?」と首を傾げた。
視線を逸らしてぼそりと答えた。
「恥ずかしい……」
だから、嫌だと言うと、はあっと清正がため息を吐く。
「ああ、俺、もう、どうしよう。どうしたらいい?」
「何が?」
「光が可愛すぎて死ぬ」
バカ、と背中を叩いた。
「いいよ。わかった。ずっと、壊さないように守ってきた宝物だもんな。大事にするよ」
清正も光の背中を軽く叩く。
「せっかくだからな、大事に大事に、少しずつ味わって食べさせてもらう」
「少しずつって……」
「今日はここまで。明日から、少しずつ頑張ろうな」
何をどう頑張るのかわからなかったが、とりあえずこくりと頷いた。清正がおひさまみたいににこにこと笑う。
何が何だかわからなくて、頭がショートしそうだった。
「なんか、ぼうっとするし、くらくらする」
少し酔ったのかもしれない。
そうだ。きっと、酔ったのだ。
清正が頬と耳にキスをして、それをぼんやり受け止めた。
「大丈夫か」
「ん……」
ふらふらと立ち上がると、「気を付けて行けよ」と清正が声をかける。その声を背中に聞きながら、おぼつかない足取りで階段を上がった。
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