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第36話
細かい仕事とコンペの準備を進める。作業が一段落する頃、清正が帰ってきた。間もなく日付が変わろうとする時間だ。
「光―、お土産あるぞー」
玄関に迎えに出ると、小ぶりの紙袋を差し出す。中身はどら焼きだった。
「美味いんだってさ。わざわざ買ってくれたんだ」
「飲んできたのか?」
「会社で。プチ歓迎会してもらった」
靴を脱いで框に上がると、鞄を持ったまま片手で光を引き寄せる。アルコールの匂いに混じって、覚えのある香りが漂った。
「淳子に会った?」
まさかと思いながら聞くと、会った、と頷く。
なんでだ、と眉をひそめる光の背中を、引き寄せた腕でもぞもぞと怪しく撫でる。身体を押し返して、ピシリと腕を叩いた。清正がもたれかかってくる。
「ずいぶん酔ってるな」
「酔ってない……」
酔っ払いの常套句すぎる。芸がないぞと思いながらリビングに連れていった。
ソファに座らせて水のグラスを差し出すと、ごくごくと喉を鳴らして、清正はそれを飲んだ。ぷはっと酒臭い息を吐く。
「あいつの家、こっちのほうなのか? 時々、帰りの電車で見かけるぞ」
「あいつって、淳子? 家がどこかなんて知るかよ」
ふうん、と生返事をした清正が、テーブルにグラスを置いて片手で光を抱き寄せた。抵抗する間もなくキスをされてソファの上に倒される。
「清正……」
「光、そろそろ続きを頑張ろう」
おもむろに光のパジャマのボタンを外し始める。
「なんで、ボタン外すんだよ。俺、もう風呂入った」
「知ってるよ、バカ」
バカってなんだと怒っている間に、羽織ったカーディガンごとするりと剥かれる。上半身が裸になると、舐めるようにじろじろ見られた。
「な、何見てるんだよ」
「いやあ、綺麗だなと思って」
「バカか。修学旅行とかで一緒に風呂入っただろ」
「ああ。あの時は大変だった。見ると勃起しそうで、なるべく見ないようにしてた。でも、見たいし」
何、言ってるんだこいつ。
絶対、酔っ払ってるなと思いながら、どこか頭の中が混乱していて、返す言葉が見つからない。
黙っていると、軽いキスが落ちてきた。清正の唇は、光のそれを離れると顎から喉を辿って鎖骨を軽く吸い上げた。
「あ……」
身体を包むように手のひらを滑らされて、ざわざわと鳥肌が立つような快感が走り抜ける。
「清正、……」
「光、綺麗だ」
平らな胸の上に意味もなく置かれている二つの飾りを、清正の唇が含む。舌の先で転がされると、徐々に痺れたような疼きが生まれ、色の薄い粒が小さく尖った。
「何、して……」
「ここ、感じない?」
「か、感じない」
真っ赤になって首を左右に振った。もう一方を口に含んだ清正が、尖らせた側を長い指で摘まんだ。
「あ、……」
「……感じてる」
「う、嘘だ……」
両手で口を塞いで声を封じた。
片側を軽く歯で噛まれ、もう一方は周囲に円を描くように指で辿られる。時おり、不意を突くように先端を弾かれて、塞いだ手の間から声が零れた。
「あ、ん……」
「いいな。なんか開発のし甲斐がある」
バカ、と文句を言った声が甘く聞こえて、なんだかいたたまれなくなる。
下肢に熱が集まり始め膝を擦り合わせると、口元を押さえた手を掴まれて、深い口づけが与えられた。絡み合う舌に夢中になっているうちに、兆した場所を手のひらで包まれる。
「ひぇ……っ」
思わず清正を押し退け、勢い余って蹴り落としていた。
「おまえ、ひどい……」
「ごめ……」
許さない、と再び覆いかぶさった清正が、胸のあたりを何度か吸い上げた。
「あ……っ」
白い肌の上に赤い印が散ってゆく。いくつ目かの痕を残して清正が目を閉じた。
「清正……?」
「なんか、俺、酔っ払ってる」
「うん。そうっぽいな」
「勃たないかも」
「いや、勃たなくていいよ」
でも、せっかく光が、とまた股間に手を伸ばされて「いいんだよ!」と、その手を払い落した。
「おまえ、酒飲むとエロくなるな」
ホントはいつもエロいんだよと、どういう返事かわからない返事をしてまた目を閉じる。
「清正、こんなとこで寝ると風邪ひくぞ。スーツだって皺になるし」
「光、脱がせて」
ソファから落ちてラグの上で大の字になりながら手を伸ばす。
しょうがないなと呟きながら、上着とスラックスを脱がせて、ネクタイを外した。ワイシャツ一枚で寝息を立て始めた大男に、押し入れから布団を出して掛ける。
エアコンをそのままにして、自分はパジャマを着直した。
「部屋、あったかいから平気だよな……」
ワイシャツを洗濯機に放り込み、スーツを手に持った。階段を上がりながら、シャツの襟元から胸を見下ろす。
ただの鬱血。それがこんなに艶めかしいものになるとは知らなかった。
心臓がドキドキするのを感じながら、赤い花の咲いた場所をそっと手で押さえた。
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