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第50話
「すげえな……」
照明用の銀細工を箱から出すと、村山が感嘆の声を上げた。ひゅうっと口笛を吹き「このまま美術館に持っていけよ」と真顔で言う。
「バカ言わないで」
「いや、マジで。美術品レベルだろ。これをアクリルの中に封じ込めちまうのか……」
なんだか怖いなと笑い、壊したら死んで詫びるようだと言って口をぎゅっと結ぶ。
「大袈裟な……」
光が呆れると、「だけど、そのくらいの覚悟でやるよ」と村山は約束した。
「一個しか作れなかったから、量産用の金型もこれで作ってほしいんだけど……」
「ああ、わかった。試作品の中に入れる前に、必要な型は取っておく」
ほかの銀細工を取り出し、一つ一つ確かめる。
「こっちがトレイので、これがテッシュボックスのだな。どれもいいな」
それからもう一度、最初に見せた照明器具用の細工に視線を戻し、ふうっと大きな息を吐く。
「一発勝負になるけど、平気?」
「おまえ、俺を誰だと思ってんだ」
ニヤリと笑って頼もしい言葉を口にする。
「よろしくお願いします」
頭を下げて村山アクリルを後にした。
食器の試作品は、先週のうちに絵付けを済ませてあった。村山アクリルを出た後、ガラス工房に寄り、出来上がったものを受け取る。
プレゼン資料に添付する絵も描いた。
苦手なエントリーシートも記入済みだ。
あとは、村山に頼んだ試作品が完成すれば、それらを揃えて薔薇企画に提出すればいい。
コンペに通るかどうかということを、光は考えなかった。賞を取りたいという気持ちも薄い。
評価や名声は、仕事を受注する際に役立つものかもしれないが、それがものづくりの目的になることはないと思っている。
コンペや競争入札や賞に作品を出す場合、名声や賞金や仕事の獲得のためにしのぎを削ることはある。それでもやはり、賞や金が欲しいから作るわけではないし、誰かと競うことが目的ではなかった。
自分との戦いなのだ。
妥協をしないで、自分がよいと思えるものを作れたかどうか。
時々、「なぜものを作るのか」と聞かれることがある。堂上が持ち込む雑誌やネットのインタビューなどで、あるいは仕事仲間の口から、聞かれる。
なぜだろうと考えてみても、たぶん「作りたいから」という答えしか見つからない。
自分が心に思い描くものを、手に取れる形にしてこの世に置いてみたい。誰のために、何のためにと聞かれれば、仕事の上では「使い手のため」という答えになることもある。それは嘘ではないし、間違いでもないのだけれど、それでも、結局のところ、本当はただそれを作りたい、それだけなのだろうなと自分で思う。
本能や衝動に近い感覚で、ものを作りたい。
汀に聞けば、もしかすると同じ答えが返ってくるかもしれない。砂のケーキを作ることに理由はないだろう。ただそれを作りたいだけなのだ。
仕事としてモノを作ることを許され、作ったモノが人の役に立てることは、嬉しいし幸せなことだ。デザインを生業にできたことに、光は感謝している。
締め切りがあり、仕事としての責任があり、時間やコストの制約があることも「作りたい」という気持ちを妨げることはない。それらを工夫することも含めて、作ることは楽しい。
光は今の仕事が好きだ。その幅が広がるなら、コンペで認められることにも意味がある。
自分の中にある一番綺麗なものを形にした。
村山の仕事に間違いはない。光がやるべきことはほぼ完了した。
あとは天に任せようと思った。
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