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第52話
どうやって運転してきたのかわからないまま、上沢の家に着いていた。
繰り返した日常ならば、身体は勝手に動いてくれるらしい。汀を連れていつもの公園に行き、帰って食事をさせて、風呂に入れ、ベッドに運んで寝かせる。
それらの全部をいつも通りに、普通に済ませて……。
帰宅した清正に、昨日までと同じキスをされる。
その時になって、ようやく、汀から聞いたことは何かの間違いだったかもしれないと考えた。汀の言葉は不明瞭だった。別の言葉を光が勝手に勘違いして解釈しただけなのかもしれない。
そんなふうに考えて、息をする。
「あさって、おふくろが来るらしい。俺がここに住むなら荷物を運ぶようだし、三月になると引っ越し業者が込み合う。今のうちに自分の荷物は運ぶって言ってきた」
「へえ……」
「平日のほうが割引が利くとか言って」
「へえ……」
「よほど嬉しかったんだろうな。すぐ片付けるから、土日にでも俺と汀の荷物をこっちに運んでもらえばいいとか言ってた」
「へえ……」
洗い髪をタオルで拭きながら、清正がソファで手招きする。光を隣に座らせると、顔を覗き込んできた。
「おまえ、今日なんか変だぞ」
トラブルに巻き込まれる度に、清正が見せる顔。
光にはできないことがたくさんある。それをそのまま許して、全部自分に頼ればいいと、この顔で光を依存させてきた。
「何かあっただろ。ゆっくりでいいから言ってみな」
「……何もない」
清正が眉をひそめる。
けれど、清正にも今の光の気持ちはうまく言えない。清正に関することで聞き違いをしたかもしれなくて、そのことにもやもやしているのだなどと、当の清正に、どうやって相談していいのかわからなかった。
汀の言葉をそのまま伝え、どうなのかと聞けばすぐに答えが出る。
よりを戻したのかと、清正に確かめてみればわかることだ。朱里とまた夫婦になるのか、汀と三人で、この家に住むのか、聞いてみれば済むこと。
けれど、確かめて「そうだ」と答えられたら……。光はどうなってしまうのだろう。
四年前、突然清正から「入籍した」という短いメッセージが届いた。あの時、自分はどうやってそれを受けとめたのだろう。
祝う言葉の一つでも送ったのだろうか。
どんなに考えても、何も覚えていなかった。
そのメッセージが届いてから、清正が朱里と別れたと聞くまでの約一年間の記憶が、光にはない。あんなに可愛くて大切な汀が生まれた日のことを、光は何も覚えていなかった。
胸の奥にあったものに名前を付けず、ないものを信じていた時でも、心は息を止めていた。
それに名前を付け、それが恋だと知り、口づけや肌の温かさやどうにもならない熱を知ってしまった今、もう一度同じ言葉を聞いても、光は生きていられるだろうか。
「清正……」
唇が欲しくて、視線を向ける。
清正に触れたくて伸ばしかけた指を、中途半端な位置で止める。不安が光を凍り付かせる。
もし、二人がやり直すなら、ここにいる男に触れてはいけない。清正は朱里のものなのだ。
「光……、どうしたんだ?」
「なんでもな……」
清正が抱きしめてくれる。髪にキスをして、額と頬にもキスをして、最後に唇を甘く吸って囁く。光はそれを拒めない。
「言えないなら言わなくていいけどな……」
もう一度唇が重なる。もしも、清正がほかの誰かのものだったとしても、返したくないと欲深く思う。今だけでもつなぎとめておきたいと願い、与えられた舌に自分の舌を絡めた。
「嫌なことがあるなら、忘れさせてやるし」
「あ……」
誰かのものかもしれない指が、シャツの中に滑り込んで薄い胸の小さな突起に触れる。
「清正……」
ふと、清正は本当にこの胸が好きだろうかと考える。膨らみのない平らな胸が……。
やわらかさよりも肉の薄さばかり目立つ身体や、骨の形がわかる腰が、好きだろうか。異性ですらない。光のことが……。
布を剥ぎ取りながら薄い身体に指が這う。愛しいものに触れるように、優しく何度も肌を滑る。
「……、あ」
「光、もっと声聞かせて」
敏感になった胸の突起を清正の指が弾く。
「あ、……」
熱を集めて勃ち上がる芯を長い指が包み、ゆっくり上下に擦り上げる。
「あ……、ん、あ、あぁ……っ」
光に触れながら形を変えてゆく清正の熱を信じたい。硬く張り詰めて、何かを貫こうとするかのような屹立を。
「あ、あ……」
「光、……」
身体を隠していたもの全てを奪い去られ、同じように肌を晒した清正と抱き合う。腰を揺らして、張り詰めた熱を擦り合い、何度も口づけを交わす。
首筋を吸い上げられ、胸の飾りを指で摘ままれると、魚のように身体が跳ねた。
「あ……、あ……」
何度でも跳ねる。もっと清正を感じたくて、しがみつくように背中に腕を回した。
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