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第54話 学園祭編2

 それから、すぐに駆けつけてくれた陽愛くんの協力によりセットも本番に間に合い、役者陣のみんなも舞台袖などに待機し始めた。 「どうですか? 怪我の具合は?」  俺の問いに、女子生徒の足の様子みてくれていた保健の先生が答えてくれた。 「軽い打ち身程度だから歩くのに問題はなさそうね……でも走ったり激しい運動は控えた方がいいと思う。これから痛みが続くようなら、ちゃんと病院で見てもらって」 「ありがとうございました」  お礼を言って先生を見送り周りを見渡すと、いつの間にか陽愛くんの姿も消えていた。 「山南先生は?」 「出し物の用意があるからって戻りましたよ」  近くにいた生徒に聞いてみると、そんな答えが返ってきた。  そっか、陽愛くん帰っちゃったか。そんな忙しい合間に来てくれたのにお礼もちゃんと言えなかったし、後で陽愛くんを探さないとな。  そう考えながら、俺はヒロイン役の子へと声をかけた。 「舞台は大丈夫そうか?」 「痛みはないから、歩くぶんには大丈夫です。それに、せっかく今まで練習してきたんだもん」 「そうか。でも、無理はするなよ」  その言葉にヒロイン役の子が笑顔で頷くと、今度は演出の子が心配そうに呟いた。 「今回、ヒロインの早着替えあるけど、平気?」  演出の生徒から聞かれ、ヒロイン役の子が少し頷くのを躊躇う。  確かに今回の劇中で、眠りから覚めた瞬間で暗転になり次のシーンでは衣装を変えたヒロインが王子と登場する演出があった。  いつも練習の時に暗闇の中でバタバタと着替えていたのを思い出す。 「早着替えの演出をなくすか……そのシーンだけでも代役をたてるか」  ヒロイン役の子は前半を終えれば、後は最後のシーンまでセリフはなく舞台上のベッドに横になっているだけだから、代役をたてても気付かれない気がする。  真ん中で替え玉を使えば、ラストの衣装に着替えるのも余裕があるだろう。  いい提案だと思って言った俺の言葉に、演出の子が渋い表情をみせた。 「もう本番まで十五分切ってるのに演出変更は出来ないし。代役っていっても……みんな何かしら役目が……」  そう言われてしまうと、それ以上は強く言えない。  すると、何かを思いついたようで、渋い顔が一転して輝きだした。 「雪乃先生! 喋らなくて、ただいるだけでいいんで舞台に出てくれませんか!」  きっと代わりのきく役のところに俺が入って、その抜けた女の子がヒロインの代役をやるのだろう。  俺ってば担任のくせにオキに任せてばかりだったし、最後くらいしっかりしないと! 「わかった! いるだけなら、なんとかなる……はず!」 「じゃあ、男子は雪乃先生にこの衣装着替えさせて! それが終わったら女子が確認して必要ならメイクも!」  俺が答えた瞬間、いきなり演出の指示が飛ぶ。  そして、まだ戸惑い気味の俺は男子生徒数人に着替えのために連れられて行った。  この十五分後、俺は女子の恐さを思い知らされることとなった。  全ての舞台用準備を終えた俺を見て演出は満足げに頷く。 「よし、完璧!」 「時間がないから今回はチークとリップしかしなかったけど、本当はもっとしっかりメイクしたかった~!」 「こら! 何で俺がこの格好させられるんだよ!」  演出に俺が叫んだ『この格好』とは……ヒロイン役の衣装だった。 「だって先生、舞台に出てくれるって言ったじゃん!」 「そりゃあ、確かに言ったけど女子と俺が代わって、その女子がヒロインの代役をやると普通思うだろ!」  なのに、なんでいい年した男がカツラとリップして、ドレス着てヒロインの代役なんてしなきゃいけないんだよ。 「もう、どうせ雪乃先生撫で肩だし、顔だって綺麗なんだからいいでしょ!」 「よくない!」  何で俺が逆ギレされてるんだ? それに地味に傷つくこと言うなよ! 「とにかく、公演はもう始まってるんだから早く舞台袖で準備! じゃないと、雪乃先生がヒロインの代役やってるってバラしますよ」  うわ~、さらには生徒に脅された。 「雪先生……こうなった女子に逆らうのは無謀です」  全てを悟ったような男子生徒に慰められ、俺は抵抗を諦め項垂れた。  ………女子ってこえぇ~。    ◆   ◆   ◆ 「はあぁ~…」  もうすぐセット変換だというころ、俺は最後の足掻きとでもいうような重いため息を吐いた。  後ろの方でこっそり隠れてたから、他の生徒に俺のことはバレてないけど、こんな姿生徒に見られたら恥ずかしい。  早く代役終えて着替えたいよ。  すると、演出が俺に近づいてきて言った。 「とりあえず雪乃先生は台の上で横になっているだけでいいですからね。そこに王子がきて顔を近づけた時に暗転になるんで、それで雪乃先生の役目は終わりです」 「……ちょっと待って!」  何も気にせずに演出の説明を聞いていた俺は、その言葉を頭の中で繰り返して、ようやく意味を飲み込み慌ててしまった。 「王子がきて顔を近づけるって……沖田先生にこの格好、見られるの?」  近づかれたら、オキが俺だって気づかないはずがない。  否定してくれることを望みながら答えを待つ俺に返ってきた言葉は、無情なものだった。 「当たり前じゃないですか。何をいまさら」  予想通りの答えに俺は狼狽えてしまう。 「オキ先生と仲良いから、問題ないでしょう?」  問題ある! だって、オキにこんな姿見られるって……生徒にバレるより恥ずかしいよ。 「あ、雪乃先生、出番ですよ!」 「えっ、あ……もう?」  心の準備も出来ないまま、俺は暗転した舞台へと押し出された。  こうなったら覚悟を決めるしかないと、おとなしくイバラに囲まれた台座に横になって目を瞑った俺だが、だんだんとストーリーが進むにつれて、セリフがあるわけでもないのに変な緊張感が増してくる。  どうしよう……俺がヒロインの代役やってるなんて、オキ驚かないかな? 途中からオキは舞台に出ずっぱりだから、このことは伝えてないと思うし。動揺させてミスったらまずいよな~。  そんな心配をしているうちに、ついにストーリーはラストに向かう。 「城にかかった呪いが解けていく」  そのオキのセリフに俺の周りにあったイバラのセットが外れていく。  あ~……ついに来ちゃったよ、この瞬間。 「これで姫も目を、覚ます……はず……」  セリフを言いながら近づいてきたオキの声に僅かに動揺が含まれたことに気づいた。  絶対、今のオキ、驚いてるよ! こんなヒロインの格好してるなんて、変な目で見られてたらどうしよう。  そう思うと俺は薄目でオキを見ることも出来ず、逆に強く瞑ってしまう。  でも、さすがにそこはオキらしく、すぐに動揺を隠して堂々とセリフを続ける。 「あまりの姫の美しさに言葉を失ってしまった。姫……目を覚ましてください」  あ、すごい。動揺で詰まった言葉もアドリブで乗りきった。なんか……さすがだな。  そして、セリフを言いながらオキの手が俺の頬へと添えられる。  後は、このままオキの顔が近づいて暗転になれば俺の役目は終わりだ!  そう思って俺が少しホッとしていると、オキが意外な行動に出た。 「美しい姫……」  え……? そんなセリフなかったよな? なんで、ここでアドリブ?  予想外のオキのアドリブに俺が動揺していると、オキが甘い声で囁いた。 「どうか……私の妻に……」 「……っ!」 「きゃあぁぁ~!」  告白とともにオキの顔が近づいてきて、驚いて俺が目を開けてしまったのと、客席から女の子達の黄色い声が響いたのはほぼ同時だった。  そして、その瞬間、暗転となり真っ暗になった……と思ったら、そのままオキの唇が俺の唇へと重なってきた。 「ん……んっ……」  小さく俺が抵抗すると、軽く唇を離したオキがクスッと笑いながら囁く。 「後でするって言ったでしょ」 「ば、馬鹿……こんなタイミン……んぅ」  俺の抗議は最後まで言わせてもらえず、今度は深いキスで塞がれてしまった。  いくら暗闇だからって周りには生徒達、目の前には大勢のお客さんがいるっていうのに、こんなことするなんて……何考えてんだよ、オキの馬鹿!  心の中でオキに文句を言っていると、やっとキスから開放された。 「みんなには上手く誤魔化しておくから、雪ちゃんはここから逃げておきな。そんな可愛い姿、みんなに見られたくないでしょ」  そう言いながらオキが台座から俺の身体を起こしてくれた。  なんか悔しいけど今はオキのいう通りにしようと、その手を借りて俺は舞台転換をしてる隙に舞台袖を抜けてこっそり運動棟を脱出した。

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