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第55話 学園祭編3
「あ、やばっ、着替え!」
その場を離れようとして、俺は初めて着替えの服を持っていないことに気づいた。
でも、今からあの場に戻ったら、それこそ好奇の目に晒される。
今はまだ体育棟での芝居が続いているため、廊下にはほとんど人がいない状態だ。
「とりあえず人目につかないとこに隠れよ」
服は後でオキがなんとかしてくれるだろうと任せることにして、一先ず俺はその場を走り出す。
校内に戻ったら来場者がいっぱいだろうし、職員棟は他の先生方に会う可能性がある。
どこが一番、安全なんだ?
そう考えながら、慣れないヒールに苦戦しつつ俺が角を曲がった時だった。
「あっ……」
「うわあぁ!」
俺は反対側から来た相手とぶつかり、お互いに思いきり弾かれ床へと倒れた。
「いてて……」
「あ……ごめんなさい! 急いでて前見てなかったから」
俺が謝ると、相手も慌てて謝ってくる。
「いや、こちらこそ、前見てなかったし、大丈夫? どこか怪我……って、ええぇ~、雪ちゃん?」
「えっ?」
なんだか聞き覚えのある騒がしい声に、俺が目の前の人物の顔を見るとそこにはよく見知った顔があった。
「はっ、春樹!」
「やっぱり雪ちゃんだ。なに、どうしたの? その格好」
春樹に言われて、俺は今自分がお姫様の格好だったことを思い出す。
「あっ、いや、これは……」
まさか、春樹にまでこの格好を見られると思っていなかった俺は恥ずかしさから動揺してしまう。
「……雪ちゃん、ちょっと来て!」
「えっ、ええ?」
いきなり春樹に腕を掴まれ、状況を理解できないままに俺は春樹に引っ張られていく。
どこに行くのかと思っていると、春樹は空き部屋の一つに俺を連れていった。
「とりあえず、ここなら雪ちゃんの可愛い姿を誰かに見られないね……で、どうしたの? その格好」
改めて聞かれてしまったので、俺は素直にさっきまでの一連の事情を説明した。
あ、もちろんオキとのキスは恥ずかしいから黙ってたけど。
「へぇ~、その子の怪我……たいしたことなくて良かったね」
「まあね」
全てを聞いた春樹が笑顔でそう言ってきたので、俺は一言だけ返す。
俺がこんな格好をするはめになったのはあれだけど、確かに生徒の怪我がたいしたことないのが一番いい。
そのためなら、こんな格好我慢してやるよ。
「でも……」
春樹が珍しく言葉を迷っているようなので、俺は真っ直ぐに春樹を見つめてみた。
すると、春樹が少しハニカミながら答えた。
「その子には悪いけど……おかげで雪ちゃんのこんな可愛い姿見れちゃった」
こんなこと言っちゃ、教師としてダメだよね~……なんて、春樹が反省してるけど、そんなことを言われて『嬉しい』と思ってしまった俺も同罪かも。
「そ、それより春樹こそ、どうしたの? その格好」
恥ずかしさを誤魔化すように、逆に春樹へと聞いてみる。
だって今の春樹、襟と折り返した袖にだけ柄の入った白いシャツに、茶系のズボンをゴールドのサスペンダーでとめている派手な服着てるんだもん。
その足下は同じくゴールドの靴と僅かに見える靴下は右が緑と黒、左がピンクと黒のストライプでなんとも春樹らしい着こなしだった。
「これ? 体育館のダンスに参加するために家庭科部に作ってもらったの♪」
そう言って得意気にクルッと回った春樹は、いつものバンド系ファッションとはまた違って……なんか可愛い。
「ほら、体育館って俺と涼のクラスの企画でしょ? 龍達に任せたら、なんかえらいことになっちゃって……最終的になんでもありの仮装ダンスパーティーになっちゃったんだよね」
呆れたようにそう言った春樹だけど、衣装まで用意してるあたり本人も楽しみにしていたんだろう。
「確か山ちゃんもダンス披露してるはずだから、雪ちゃんも行く?」
「いや、俺、こんな格好だから遠慮しとくよ」
少し覗いてみたい気はしたが、このまま行くわけにはいかないと思って断ったのに、春樹は不思議そうに聞き返してきた。
「なんで? そのままでいいじゃん」
「バカ! 俺だってバレたら恥ずかしいだろ」
あまりに直球過ぎる考えに、俺は速攻で言い返した。
「だったら雪ちゃんだってバレなきゃいいんでしょ?」
「……どうやって?」
春樹があまりにも自信満々に言うので、俺は訝しげながらも聞いてみる。
すると、春樹はいつもと違って何かを企んでいるような嫌な笑いをみせた。
「そうだな~……雪ちゃんの方から俺にキスしてくれたら教えてあげる♪」
「ええっ?」
「ほら、どうするの? 雪ちゃん」
そのまま、いたずらっ子のような笑みで春樹は俺を見つめてくる。
いや、正直、そこまでして仮装パーティー行かなくてもいいんだけどな、俺。
そうは思っても、何だか春樹が得意気な様子だし……周りには誰もいなくて二人っきりだし……。
「……仕方ないな」
「えっ!」
ため息とともに俺が呟くと、春樹が驚いたような嬉しそうな声を出した。
自分で言い出しておきながら、俺が素直に受け入れるとは思っていなかったのだろう。
そんな春樹を可愛いと思いつつも、やっぱり恥ずかしいものは恥ずかしいので出てくる言葉は素っ気なくなってしまう。
「ほら、さっさと目閉じて」
「うん♪」
それでも、春樹は俺の気持ちをわかってくれて笑顔で返事をすると、そっと目を閉じた。
俺より少し背の高い春樹はうつむき加減で俺からのキスを待っている。
「………」
恥ずかしくて、いつもは言葉で伝えられないけど、ちゃんと俺だって春樹のこと好きだからね。
そんな想いをこめて俺はゆっくりと春樹の唇へと自分のそれを重ねていった。
さすがに深いキスまでは自分から仕掛けることが出来ず、俺はきっちり五秒数えてから静かに唇を離した。
「……なに?」
顔を離すと春樹がニコニコと俺の顔を見つめてくるので、恥ずかしくて少しぶっきらぼうに聞き返す。
すると、急に春樹が男らしい表情をしたかと思うと、いきなり俺の腰に腕を回して力強く抱き寄せた。
「雪ちゃん、可愛い~」
そして、俺に反論の間も与えずに、今度は自分から深いキスを仕掛けてくる。
「んぅっ……ぁ……」
痛いくらいに舌を絡められ、息も乱れてくる。
春樹の唇が離れたころには、軽く酸素不足になっていた。
「もう……ずるい」
「へへ~」
これじゃあ、俺からした意味ないじゃん。
そう思って恨めしそうに春樹を睨んでみるけれど、きっと潤んだ瞳になっていて迫力がないのだろう……春樹は気にした様子もなく笑っている。
「で、バレない方法って?」
仕方がないので怒るのを諦めてそう聞くと、春樹はニコッと笑って言った。
「んふふ~……テテテテッテッテ~!」
どこぞのヒミツ道具だよ、と突っ込みたくなるような春樹の効果音に俺はつい笑ってしまった。
「ちょっと、春樹、何それ?」
「はい、これ」
春樹は俺の質問を笑って誤魔化すと、そう言って俺の目に何かを当てて両耳に紐みたいなものをかけた。
「……仮面?」
目のあたりを触りながらそう聞くと、たぶん俺と同じ仮面をつけた春樹が笑顔で答えた。
「そう。仮面舞踏会……かっこよくない?」
あれだけ勿体ぶらせておいて、いい方法ってこの仮面のこと?
だいたい仮面しても、じゅうぶん春樹だってわかるんだけどな。
だけど、なんか春樹があまりにも楽しそうなので、もうどうでもよくなってきた。
こんなに自信ありげなんだもん、バレそうになったらきっと春樹がなんとかしてくれるだろう。
そう考えることにして、俺は入口へと向かう。
「ほら、早く行くよ」
振り返って俺が声をかけると、春樹は嬉しそうに駆け寄ってきた。
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