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第56話 学園祭編4
途中、何度も振りほどこうと試みたが、抵抗虚しく俺は春樹に手を繋がれたまま体育館へと到着した。
確かに中にはうちの学校の生徒だったり、外部からの来場者が思い思いの衣装を着て音楽に合わせて騒いでいたので、俺の格好が目立つということもなかった。
そんな人混みを掻き分けて、春樹は奥の方へと進んでいく。
人混みを切り抜けた先には、春樹のクラスの生徒、東雲龍臣 と朱雀院南朋 がいた。
「おっ、やっと来たな」
「遅いやん、藤堂」
春樹に気づいた二人がそう声をかけてきた。
ほら~、やっぱり仮面つけてる意味ないし……。
「悪い悪い……って龍! 担任なんだから呼び捨てするなよ」
「はいはい、その藤堂先生が来るん遅いから、陽愛先生の出番終わってもたで」
「それに、美術部の様子見なあかんからって帰ったしな」
春樹が一応、教師として注意するが、東雲はたいして反省していないようだ。
そして、続いた南朋の言葉に春樹は残念そうに言う。
「え~、そうなの? でも、誰かしら録画してるでしょ? 後でそれを見よう!……ね?」
そう言って、春樹が俺へと笑顔で話しかけた瞬間。
「ん? 藤堂先生……」
東雲にじっと仮面で隠れた顔を見られ、俺は気まずさから俯いてしまった。
やっぱり、こんなんじゃ誤魔化せないよな~。なんて言い訳しよう。
俺が必死に考えを巡らせていると、今度は南朋が言った。
「なに、その恋人繋ぎ! 春先生、彼女おったん? こんなとこまで呼ぶやなんて大胆やな~」
……へ? か、彼女……?
もしかして、俺だって気づいてない?
驚いて俺が何も言えずにいるのをいいことに、春樹は繋いでいた手を二人に見せつけるように言った。
「んふふ~、内緒♪」
しまった、手を繋いだままだった!
今さらながらにそのことを思い出した俺が慌てて離そうとするが、その抵抗すら春樹は抑え込んで、さらにギュッと掴んでくる。
ここで声を出して下手に俺だとバレても嫌なので、俺は諦めておとなしくすることにした。
どうせ、彼女だと思われてるみたいだし、別にいっか。
俺が抵抗をやめたのに気づいた春樹は握る手を優しいものへと変えて、二人に言った。
「ってことでさ、ちょっと音楽を変えてくれない?」
「何が『ってこと』やねん!? 公私混同過ぎやろ」
春樹の頼みに東雲がいち早く不満を溢した。
すると、春樹はそんな東雲を引き寄せヒソヒソと話し出した。
「言うこと聞いてくれたらさ~……今度、オキに頼んで南朋の写真安くしてもらうんだけどなぁ……あっ、それどころかオキだったらベストショットも撮れるかもね」
「………ほんまか? 嘘やないやろうな?」
少し迷ったあげく、小さく東雲が聞き返した。
それに対して春樹は即答する。
「当たり前! 俺はお前達の担任だぞ」
春樹は得意気にそう答えたけれど、そもそも教師が生徒とそんな取引するなよ。
その取引を眺めながら俺が呆れていると、どうやら二人の間では成立したらしく、熱い握手を交わしていた。
そして、東雲はすぐさま振り返ると、後ろにいた南朋へと指示をだす。
「南朋、藤堂のために音楽変えたって!」
「りょ~かい」
「だから、呼び捨てにすんなって!」
春樹が言い返した途端、今までのノリのいい音楽がだんだんと小さくなっていき、南朋がマイクを手にする。
「お集まりの皆様、今回の我々の企画……楽しんでますか~?」
その呼びかけに会場内からは大きな歓声があがる。
「友達、カップルで参加された方、この場で出会い仲良くなった方…色々いてはると思います。そこで、さらに仲を深めていただくためにここらで『ワルツ』をかけさせていただきます」
突然の発表に会場内がざわざわとしてきたが、それを今度は東雲がマイクを手にして説明する。
「別に形通りに踊る必要は全くありません。ただ、ペアを組んで曲に合わせて踊る! ただ、それだけです。ちなみに我が学校の男子生徒は一通りのステップは踊れますんで、そこでさらなる出会いもいかがでしょう?」
その言葉に嬉しそうな歓声や笑い声が起こる。男子生徒はもちろんのこと、女性陣も『え~』とは言っているが満更でもなさそうだ。
「うちの生徒って、ワルツ踊れるの?」
そんなことは初耳だった俺は小声で春樹に聞いてみた。
すると、春樹は笑顔で答える。
「山ちゃんに頼んで、今日のために希望者だけレッスンしたの。ほとんどの男子が参加してたよ」
確かに、最高の出会いの場ではあるかもしれないけど……みんな、欲に忠実過ぎるだろ。
「ほんと、山ちゃんって美術系だったりリズム感だったり、芸術系は神だよね」
「確かに」
春樹の言う通り、陽愛くんの才能は本当に多才だ。本業の美術はもちろん、抜群のリズム感で歌もダンスも上手い。
普段、ボーッとしているからのギャップを抜きにしても、陽愛くんのダンスレベルは高い。
「案外、お芝居させても上手いんじゃない?」
「そうかも。この前のストーカーに迫る陽愛くん、別人みたいだったもん」
「憑依型なのかもね~」
そんな俺達の会話の間に周りではだんだんとペアが作られていく。そんな中、南朋と東雲の声が響く。
「なお、最後にこの中で一番素敵なペアを選びたいと思いますので……」
「皆様、最後までお楽しみください!」
言い終わると同時にワルツの音楽が流れ始めた。
「ちなみに、俺も山ちゃんからちゃんと教わってるよ」
春樹が何かを含んだようにそう言ってきたので、俺は少し意地悪してみる。
「誰と踊るつもりだったの?」
すると、春樹は僅かに驚いた表情を見せたかと思うと、すぐに優しく笑って言った。
「雪ちゃんとに決まってるでしょ……私と踊っていただけますか?」
「……はい」
いきなり芝居がかった言い方をした春樹に少し笑ってしまいながら、俺は手を春樹へと差し出した。
その手をソッと手に取った春樹に反対側の腕で腰を抱き寄せられた。
俺にはワルツなんてよくわからないけど、ここは春樹に全部任せてしまおう。
こんな服にメイクまでして女性に間違われたままでいけてるみたいだし、たまには甘えてみてもいいよね。
春樹に全てを委ねたまま、少し高い位置にある春樹の顔を見上げると、普段と違って男らしく感じるから不思議だ。
「どうしたの?」
俺が見つめていることに気づいた春樹が、上手にステップを踏みながら聞いてきた。
いつもなら恥ずかしくて言えないけど、今日くらいなら……。
「ん~……カッコいい彼氏がワルツまで踊れるなんて幸せだなって」
最初は間の抜けたような表情だった春樹が、俺の言葉の意味を理解した途端に嬉しそうに笑った。
「……まぁ、一人に選べないのは申し訳ないですが」
春樹の様子にちょっと罪悪感を感じて小声で謝る。
だけど、その空気すら振り払うように春樹が笑顔で言った。
「それでも、俺を好きでいてくれるなら、幸せだよ♪」
うわ……なんか今、すごく愛を感じた。
春樹にキスしたい、なんて思っちゃったけど、さすがにここでは無理。
春樹に見とれているうちに曲は終わっていたようで、いつの間にか俺達の周りには遠巻きではあるが円が出来ていた。
その人垣をかき分けて東雲と南朋が俺達の所までやってくる。
「もうベストカップルなんて一目瞭然かもしれませんが……今回、一番の素敵なペアは……」
「我が校のアイドル教師、藤堂春樹先生達に決定で~す!」
東雲の言葉を引き継いで南朋が発表すると、大きな歓声が体育館に起こる。
俺の正体がバレてないとしたら……この状況ってヤバくない?
俺がそんな心配をしていると、その俺の気持ちなんて知るよしもない南朋が春樹へとマイクを向けた。
「一番素敵なペアに選ばれましたが、一言感想は?」
すでに春樹のテンションは上がっていたようで、突然向けられたマイクにいきなりの暴挙に出た。
「最っ高に幸せです!」
そう宣言すると、いきなりみんなの前で隣にいた俺の頬へとキスをしてきた。
その途端、今までで一番大きな歓声が体育館全体に響き渡る。
中には春樹をからかう男子生徒のものだったり、春樹のファンであろう女子生徒の不満の声だったりとマチマチだ。
「ちょっと、春樹……これまずいって」
俺達の関係を詳しく知りたがっているであろう周りの空気が殺気立ってきたのを感じた俺は小声で春樹に訴える。
「え~、気持ちを表しただけなのに」
「こんなとこでするな!」
のんきな春樹に本気で怒鳴りたいけど、正体をバラしたくないからそれも出来ない。
「どうすんだよ、このままじゃ俺、お前のファンの襲撃にあうぞ!」
そこまで説明して、やっと春樹の表情が真剣なものへと変わる。
「雪ちゃんに何かあったら困る……よし、逃げちゃおっか」
そう言うと、春樹はいきなり俺の手を掴んで後ろを振り返った。
「龍、南朋! 後は頼んだよ~!」
「えっ、おい、ハル先生!」
慌てたような南朋の声を無視して、春樹はものすごい勢いで俺の手を引いてその場を逃げ出した。
いきなりの行動に一瞬、周りの反応も遅れたが、すぐに後ろから追ってくる大群の気配を感じる。
「あんな天然に好かれて……雪先生も大変やなぁ」
「ん? タツ、今何か言うたか?」
「い~や、なんもないで」
俺達が去り、騒がしさの増した中で東雲と南朋がそんな会話をしていたなんて俺達が知るよしもなかった……。
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