57 / 61
第57話 学園祭編5
「はぁ……はぁ……ねぇ、春樹……これ、どこまで逃げるつもり?」
いまだに諦めてくれない追っ手から逃げながら、俺は春樹に問いかける。
もう面倒になってきて仮面も外したし、出来れば靴も脱ぎたい心境だ。
正直、慣れないヒールで足も限界に近い。
「このままじゃ、らちが明かないよね……よし、ここは俺に任せて!」
春樹はそう言うと、ちょうど目の前にいた生徒を呼び止め何かを話した。
すると、その生徒が教室へと入ったかと思うとすぐに別の人が中から出てくる。
「何だよ、ハル。クラスの方は任せるって……」
「違うよ、俺達の大事な雪ちゃんが大変なの! ってことで、俺が囮になるから後は涼に任せる」
そう言うと、春樹はいきなりグイッと俺を相手の胸へと押しつけた。
「うわっ!」
春樹の後ろに隠れていたから目で確認は出来なかったけど、春樹の言葉と聞こえた声から相手は涼介だと気づく。
「は? えっ、雪乃くんが何?」
「涼は雪ちゃんのことしっかり守ってね。頼んだよ~!」
突然で驚く俺と状況を理解できていない涼介に向かって春樹はそう言うと、バタバタとその場を走り去って言った。
「いったい、何なんだよ……雪乃くん?」
始めは戸惑った様子の取り残された涼介が呆れたように呟くと、一呼吸して落ち着いたのか、今度は腕に押し付けられた俺へと声をかけてきた。
あ~……涼介になんて説明しようこの格好。
そう思いながら、俺は渋々顔をあげる。
「涼介……?」
上を見上げた俺と下を見下ろした涼介がお互いに相手の顔を見つめた瞬間、二人揃って同じ言葉を口にした。
「どうしたの? その格好……」
まぁ、涼介が俺の女装姿を見てそう聞くのはわかる。
でも、俺だって見慣れない涼介の姿に驚いて言葉を失ってしまう。
今の涼介は普段は家でしかかけない眼鏡をしていて、燕尾服っぽい黒の……あっ、そう例えるなら『執事』だ!
そんな言葉がピッタリはまるような格好をしていたから。
驚いた顔でお互いに見つめあっていると、俺達がきた方から大勢の気配を感じた。
まずい、もう追いつかれた。
その気配に俺がビクッと反応すると、何かを悟った涼介がいきなり俺を抱き寄せて自分の胸へと俺の頭を押しつけた。
「ごめん、少しじっとしてて」
そして、そう囁くと俺に覆い被さるように少し身体を丸めて、自分も俺の髪に顔を埋めるように隠した。
涼介の背後を騒がしく集団が走っていくのを、俺は涼介の腕の中でドキドキしながら耐えた。
そのドキドキが見つからないか、という不安からなのか、こんな校内の廊下で堂々と涼介に抱き締められているからなのか……俺には判断出来なかった。
涼介の胸に耳をくっ付けて聞こえてくる鼓動が涼介のものなのか、自分の中から聞こえてくるのか、それすらもわからない。
とにかく、背中に感じる涼介の腕や耳元の辺りで微妙に感じる涼介の吐息に俺の頬はどんどん熱くなっていく。
きっと赤くなってるんだろうな~。
しばらくそんな状態が続き、辺りが静かになると涼介が小さく言った。
「……いなくなったみたいだね」
その声に俺が顔を上げると、目があった涼介の頬がうっすら赤く染まり恥ずかしそうに顔を反らした。
「えっと……場所移してから、ちゃんと説明してくれる?」
「う……うん」
あまりに可愛らしい涼介の反応に、俺の頬がさらに熱くなってしまい、俺は一言小さく答えるだけで精一杯だった。
◆ ◆ ◆
「ここなら、しばらくは誰もこないから」
そう言って、涼介に近くの空き教室へと案内された。
少しでも足を楽にしたくて近くの椅子へと座ると、涼介はちょっと離れた窓際に寄り掛かかり口を開く。
「で……なんでそんな格好して、みんなに追われてるわけ?」
その言い方が、何だか僅かに刺を含んだように聞こえ、俺は答えることも忘れて涼介の顔を眺めてしまった。
「……何?」
涼介から返って来た言葉は素っ気無い一言だった。
「お前……なんか怒ってる?」
涼介の態度が変わる理由がわからない俺は素直にそう問いかける。すると、すぐに涼介から答えが返って来た。
「怒ってないよ」
……嘘だ。声がすっごく不機嫌じゃん。
「嘘つくなよ」
「何だよ、嘘って!」
俺の言葉に涼介がイライラを隠さずに言い返してきたので、俺の方もムキになって言い返してしまう。
「ほら、怒ってんじゃん!」
「怒ってないって言ってるのに、雪乃くんが疑うからだろ!」
そのまま言い合いになりかけて、俺は少し子供っぽいかな、とは思ったが頬を膨らませて涼介から顔を逸らした。
このまま怒鳴りあうよりはマシだろう。
しばらく無言の時間が流れると、涼介が責めるように呟いた。
「アンタさ……なんなの?」
言葉の意味がわからずに俺が涼介の方へと向くと、涼介が怒ったように言った。
「そんな格好して周りのやつら惑わしてさ、その反応みて楽しんでるつもり?」
「なんだよ、それ。そんなつもりじゃ……」
この衣装だって、生徒が怪我をした代役で着ただけだし、ダンス企画だって俺だとバレないならって条件で参加しただけだ。
そう説明しようとした俺の言葉を遮って涼介が言い放つ。
「じゃあ、無意識でやってるってわけ? だとしたら危機感が足りないんじゃないの? 自分がどれだけ男を惑わす体質か、いい加減に自覚しろよ」
その言葉に俺の身体がビクッと跳ねた。
男に好かれやすい……確かにそれは全面的には否定出来ない。
でも、それは俺が望んだことじゃないし、そのせいで俺が今までに嫌な思いをしてきたことも涼介は知っているはずなのに……。
「あ……ごめん。言い過ぎた」
黙ってしまった俺の様子に、涼介が自分の失言に気づき謝ってきた。それでも、俺の胸に刺さった言葉の棘は簡単には消えてくれない。
「……だったら……涼介もそうなんだ……」
「え……?」
意味がわからずに聞き返してきた涼介に、俺は一気に怒鳴った。
「涼介も俺に惑わされた一人なんだろ? 陽愛くんも春樹も、オキも涼介も……みんなが俺のことを好きだって言うのは、全部俺に惑わされたから」
「雪乃くん、それは!」
そうだよ、あのストーカー用務員にも言われたじゃないか。俺は無防備過ぎるって……媚びるような顔って……。
数週間前に言われた言葉を思い出した瞬間、俺はあの時の嫌悪や恐怖感が一気に蘇った。
涼介が慌てて何かを言おうとしたが、それを聞く余裕なんか今の俺にはない。
いい年した男がみっともないってわかっているけど、俺は溢れてくる涙を止められなかった。
「俺がいかにも抱いて欲しそうな顔でみんなのことを見てたせい……っ!」
「そんなことない!」
俺の言葉を遮るように涼介が怒鳴ると、思いっきり俺の身体を抱き締めてきた。
その痛いくらいの締めつけに驚いて、俺の言葉は止まっていた。
そのまま、涼介が小さく喋りだす。
「俺達の関係で雪乃くんが悪いなんて一つもない。全部、俺達のせいだから……俺達が勝手に雪乃くんを好きになって、その想いを雪乃くんに無理矢理押し付けた……ごめんね」
「……謝るなよ」
なんだか急に弱々しい涼介の態度に俺は一言声をかける。
だって、そんな謝られかたしたら、全部涼介達が悪いみたいじゃんか。
今の関係に関しては俺にだって責任がある。
みんなの想いを突き放せなかったこともそうだし、一人に選べないのも俺の我がままだ。
そう思って俺が右手で涼介の後頭部を撫でてやると、涼介の頭が完全に俺の肩へと乗ってきた。
「しかも、こうやって俺達のことを許してくれる……ありがとう、雪ちゃん」
そして、俺の肩へと頭をすり寄せるような仕草をしたかと思うと、涼介にしては珍しく弱音を吐いた。
「でもさ、不安で仕方ないんだよ。雪ちゃんは、こんなに可愛いから、いつ他の奴が変な気を起こさないかって心配で……」
いきなりの涼介の『可愛い』発言に俺の頬にまたもや熱が集まる。
「可愛くないって!」
「どこがだよ! こんなピンクの頬で潤んだ瞳なのに」
そう言って涼介に両頬を手で挟むように抑えられ顔を覗きこまれる。
か、顔が近い! これで赤くなるなって方が無理だろ。
「これは、お前のせいなの!」
「え?」
耐え切れずに俺が叫ぶと、涼介が驚いた表情になった。その隙を逃さず俺は涼介の手から顔を逃がす。
「いきなり抱き締めてきたり、可愛いって言ったり、顔近づけてきたり……お前にそんなことされて、照れないわけないだろ」
「もしかして、さっきの廊下で顔が赤かったのは俺が抱き締めたから?」
涼介が直球で聞いてきたけれど、また不機嫌になられても嫌なので俺は素直に答える。
「それもあるけど。お前がそんな見慣れない格好してるから……なんかカッコイイ」
「これは、家庭科部の喫茶店の制服だよ。生徒が勝手に山くんに頼んでデッサンして、俺の分まで作ってたんだ」
さすが女子……抜け目ないなぁ。
そう思って俺が涼介の全身を眺めていると、今度は涼介が拗ねたように聞いてきた。
「俺のことより雪ちゃんだよ! こんな可愛い格好したら、さっきみたいに大変なことになるって思わなかったの?」
「違う! なんかお前、誤解してるって」
「え……?」
なんだか必死な様子の涼介をとりあえず落ち着かせ、俺は今までの経緯を説明した。
ともだちにシェアしよう!