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第58話 学園祭編6

「……じゃあ、ハルの彼女と間違われて追われてたってこと?」  一通り俺の話を聞いた涼介が複雑な表情を浮かべて聞いてきたので、俺は少しふて腐れたように答える。 「俺が好き好んでこんな格好するわけないだろ。演劇もダンスパーティーも俺だってことを必死に隠してたんだから」  その言葉に涼介が安堵のため息を吐いた。 「そうだったんだ……でも、正体がバレなくても気を付けてよ。照れた雪乃くんなんてそこいらの女より可愛いからね」 「だから、真顔でそういうこと言うなって!」  お前が本気でそんなこと言うから恥ずかしくて照れちゃうんじゃないか。  それを誤魔化そうとして、俺は余計なことまで口を滑らせてしまった。 「だいたい、お前達以外に可愛いって言われたって、嬉しくともなんとも……うわっ」  言葉の途中で、またもや涼介が思いっきり抱きついてきた。  そして、いつものような自信ありげに聞いてくる。 「俺が言うなら嬉しいの?」 「まあ……顔が赤くなる程度には、嬉しいんじゃねぇの」  素直に答えるのが恥ずかしくて、少し遠まわしに答えると触れている身体が小さく震えて涼介が笑っているのが伝わる。 「ほんっと、雪乃くんは可愛いね」 「うっせぇ」 「口悪いな~。せっかくの格好が勿体ないよ」  わざと乱暴な言葉遣いをしてみるが、それすらも涼介には楽しいようで笑いながら言う。 「お前だって、せっかくの執事が台無しだな」  一方的に言われるのが嫌で言い返した言葉に、涼介の意外な反応が返ってきた。 「そうかな? じゃあ、執事ごっこでもする?……なんなりとお申し付けください、お嬢様」 「え……えっ……」  俺の返事も聞かずにいきなり涼介がそう言って一礼した。  本来なら『お嬢様って呼ぶな』と怒るところだが、それすら忘れて俺は慌ててしまった。  だって、急にそんな小芝居されたって俺どうしていいかわかんないよ。  すると、涼介が頭を下げたまま真剣な声で言った。 「俺、勝手に誤解して雪乃くんを傷付けた……本当にごめん。こんなことで罪滅ぼしになるとは思えないけど、俺に出来ることならなんでも言って」  その言葉に、俺は不思議と自分の気持ちが落ち着いていくのを感じた。  いつもいつも、余計なこと気にしすぎだって。  俺は一呼吸おくと、涼介に向かって言った。 「だったら……今すぐキスして。じゃないと許してやらない」 「え……?」  涼介が驚いたように呆けているのがおもしろくて、俺は恥ずかしさも忘れて笑いながら言った。 「なんでもするんだろ?」  すると、涼介はフッと小さく笑うと俺の方へと近づいてきた。  そして、左手を俺の後ろにあるテーブルにつき、右手で俺のアゴを少し上へと向けた。  そのまま、真っ直ぐに俺の目を見つめて言う。 「かしこまりました」  整った涼介の顔が近づいてきて、さすがに恥ずかしくて目を閉じると、次の瞬間、そっと涼介の唇が重なってきた。  何度か啄むような優しいキスをすると涼介の唇が離れていく。  俺はゆっくりと目を開けてから、涼介の眼鏡へと手を伸ばしてそれを外してしまう。  そして、少し拗ねたように言葉を付け足す。 「……もう一回」  その一言だけで俺の言いたかったことは涼介に伝わったらしく、涼介は嬉しそうに笑うと、 「仰せのままに」 と答えて、今度は深く唇を重ねてきた。 「ん……ぁっ……」  この求められている感じが心地よくて、息は苦しいのに俺も夢中になって涼介に応えてしまう。  涼介の身体に抱きついて自分の方へと引き寄せると、僅かに涼介の足が俺のヒールへと当たり、忘れていた痛みを感じて身体が強張ってしまった。 「……っ……」 「ちょっと見せて」  俺の反応に気づいた涼介はそう言って俺の足元へと跪き、ゆっくりと俺の足からヒールを脱がす。  窮屈な靴から開放されて、足が少し楽に感じたが、これに慣れてしまうと今度はまた靴を履くときが大変だろう。 「……踵も指先も赤くなってる。少し、触るよ?」  俺の素足を見た涼介は一言、そう断りをいれると静かに俺の足を包み込むように両手で触れてきた。 「……つっ……」  涼介の手が触れた途端、痛みを感じて声を出さないように気をつけたが涼介には隠せなかったようだ。 「ちょっと熱も持ってるみたいだね。もう……駄目だよ、こんな無理しちゃ」 「だって……」  子供に注意するように涼介に咎められ、俺は拗ねたように一言呟いた。  足の痛みも忘れるくらい楽しかったんだもん。舞台でドキドキしながら出番を待ってたり、ダンスを踊ったり、バレないようにみんなから逃げたりして……教師って立場を忘れて楽しんでしまった。  それに……。 「こんな格好なら、人目を気にしなくても恋人っぽいこと出来るじゃん」 「雪乃くん……そんなこと気にしなくていいのに」  恥ずかしくて俯いてしまった俺に涼介はそう言うと、チュッと頬に軽くキスをしてきた。 「すぐ戻るから待ってて」  そして、優しい笑顔でそう言い残し教室を出ていってしまった。  しばらく待っていると、色々と手にした涼介が戻ってくる。 「走ったりしてお腹すいてるでしょ? 家庭科部で出してるスコーン……おいしいよ」  そう言って涼介が差し出してきたのはスコーンにジャムが添えられている見た目にもオシャレなものだった。 「なんかお前……俺には食べ物を与えればいいって思ってない?」  以前のオムライスも思い出して拗ねたように言うと、涼介は笑いながら答えた。 「そんなことないって。でも、雪乃くん食べるの好きでしょ」 「まあ……」 「それに料理は、みんなよりも俺が一番有利だからね」  笑顔でそう言われてしまうと、それ以上何も言えない。 「……ありがと」 「今、それに合う紅茶も淹れるね」  俺が素直にお皿を受け取ると、涼介はいそいそと紅茶の用意をし出した。 「なんか甲斐甲斐しいな」 「そりゃあ、貴方の執事ですからね」  そのネタ……まだ続いてたの? 「執事が主にタメ口かよ」  俺が嫌味を言うと、涼介が紅茶を俺の前に置きながら言う。 「敬語の方がよろしいですか? はい、紅茶が入りましたよ」 「……敬語じゃなくていい」  なんか敬語だと距離を感じて、どうも落ち着かない気分になる。  すると、涼介も同じだったのか少し安心したように答えた。 「良かった。ほら、冷めないうちにどうぞ」 「いただきます」  そう挨拶してから一口スコーンを口に入れると、程よい甘みが口に広がる。  それを紅茶で喉へと流し込むと、これもスコーンと良く合うおいしい紅茶だった。 「雪乃くんは気にしないで食べてていいからね」  そう言うと、涼介はさっきのように俺の足元へと膝まずいた。  そして、俺の足を取り冷たいタオルで包み込む。 「そ、そこまでしなくていいよ!」 「今冷やしておかないと靴はけなくなるよ。生徒の前で抱き抱えて帰って欲しい?」  あまりに世話を焼きすぎる涼介を慌ててやめさせようとしたが、強い口調で怒られてしまった。  なんだか恥ずかしいが、俺は素直に従うことにする。  そのため、俺がスコーンを食べている間、涼介はずっと俺の左右の足を冷やしてくれていた。 「顧問がこんな所にいて大丈夫なのか?」 「うん、もうすぐ学園祭も終わりだからね」  黙っているのは気まずくて食べながら俺がそう聞くと、涼介からはそんな返事が返ってきた。  そっか、バタバタして忘れてたけど、もうそんな時間なんだ。 「たぶん、そろそろみんなラストのキャンプファイヤーで校庭に移動し始めるんじゃない?」  絆創膏を用意しながらそう言った涼介の言葉に耳をすますと、窓の外の校庭がざわざわと騒がしくなってきたことに気づく。 「はい……後は無理しないようにね」  擦れて赤くなっていた箇所に絆創膏を貼り終えた涼介が立ち上がりながらそう言った。 「ありがとな」 「どういたしまして。そうだ、もうすぐ家庭科部の子達がここに荷物置きに来るから、雪乃くんは移動しておいた方がいいよ」 「どこに?」  やっと静かに落ち着ける場所を見つけたと思っていたのに、突然告げられた言葉に俺は落胆する。  すると、涼介は俺の食べ終えたお皿などをトレイに片付けながら言う。 「美術室にたぶん山くんいると思うから、行ってみたら? 雪乃くんの着替えを持って行くから、校庭に出る生徒に紛れて移動して隠れてなよ」  その言葉に、今日は落ち着いて陽愛くんと喋れていないことに気づく。  壊れたセットを直してもらった時も、ろくにお礼も言えなかったし。  移動のために靴を恐る恐る履いてみるが、涼介のおかげかだいぶ痛みが和らいでいた。 「色々とありがと……スコーンもおいしかった」  少し照れながらもそう伝えると、涼介は優しく笑って俺の右手を手に取った。 「雪乃くんのためですから」  そして、手にした俺の甲にそっとキスをしてきた。  そんなキザな行動に、俺の頬が一気に熱くなる。  なのに、涼介は対して気にした様子もなくトレイを片手に空いている方の手でドアを開けてくれた。 「遠回りになるけど、あっちの階段から上に行きな」  校庭に向かうのに一番近い階段とは逆の階段を指差して涼介がそうアドバイスをくれたので、俺は周りを見渡してから廊下へと出る。 「じゃあ、後でね」 「おう」  そして、俺は涼介と別れて美術室へと向かった。  階段を上りながら、途中の窓で外を見ると徐々に校内から生徒や先生達が校庭へと集まってきているのがわかる。  文化祭の最後の締めのキャンプファイヤーは参加自由だが、やっぱり殆どの人達が残っている。 「俺もこんな格好じゃなきゃ行くんだけどな」  そう呟きながら、俺はうしろ髪引かれる思いでその場を後にした。

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