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第59話 学園祭編7

「失礼しまーす……陽愛くん、いる?」  薄暗くて人気のない美術室のドアを開けながら、俺は小声で中へと声をかける。  中の気配から生徒はいないようだが、これでは陽愛くんがいるかどうかさえも怪しい。  俺は窓からの光が頼りの美術室へと入ってみる。 「陽愛くーん?」  名前を呼んでみるが、それに返ってくる声はない。  準備室の方かな?  そう思って、奥の準備室へと繋がるドアへと向かい歩いていくと、少し暗くなっている教室の隅に誰かがいることに気づく。 「うわっ……陽愛くん?」  一瞬、驚いたがよく見るとその影は陽愛くんが椅子に座って壁に寄りかかっていたものだった。  さらに近づいてみると、小さな寝息が聞こえてくる。 「器用に寝てるなぁ……」  美術室の背もたれのない椅子から落ちることもなく、上手く壁に上半身を預けて寝ている陽愛くんを俺は感心しながら眺めてしまう。  きっと、春樹のクラスの企画に参加したままの格好なのだろう。普段はラフな格好やサンダルが多い陽愛くんがキッチリとスーツを着込んでいる。  合わせ部分に白いラインの入った黒いシャツに伸縮のよさそうなシルバーのベストとズボン。それに白いジャケットを羽織ってピンクのネクタイを緩めに締めている陽愛くん。  こんな格好でダンスを踊ったのかと思うと、絶対に後でビデオを見せてもらおうと考えてしまう。  だって……かっこよくないはずがないもん。  俺はそんなことを思いながら、寝ている陽愛くんを起こさないように静かに隣の椅子へと腰をおろす。 「…………」  することもないので、なんとなく陽愛くんの寝顔を見つめてしまう。  窓から入る月明かりに照らされて、なんだか無垢な子供のような表情で寝ている。  よく考えたら、今回の学園祭で一番忙しかったのは陽愛くんかもしれない。  近藤先生の手伝いでクラスの企画にも関わっていただろうし、顧問である美術部は当然のこと。  さらにはオキに頼まれてTシャツのデザインもしたし、俺のクラスの舞台セットまで描いてくれた。  春樹のクラスではダンスの振りを教えたみたいだし、涼介の家庭科部にはデッサン……何だかんだでみんなに力を貸してくれた。  さすが俺達の先輩だね。 「お疲れ様、陽愛くん」  小さく労いの言葉を言ってから、俺は寝ている陽愛くんへとついつい軽くキスをしてしまった。  普段は自分からなんて恥ずかしいけど、相手が寝ているとなると意外と大胆になれるから不思議だ。  そう思っていたのに、俺が顔を離すと陽愛くんがまだ眠そうに目を開いていた。  そして、ふにゃっと笑うと寝起きの声で言う。 「可愛いお姫さまのキスで起こされた」  か、可愛いお姫さま……って、まさか陽愛くん寝ぼけてて俺だって気づいてないってことないよね?  そんな心配をしていると、いきなり陽愛くんの両腕が俺の腰へと回されそのまま引き寄せられた。 「こんな格好して、どうしたの? 雪くん」  ほぼ真下から見上げるようにそう聞かれて、俺はホッとする。  俺だって気づいてくれてたんだ。 「あまり引っ張ると陽愛くんに体重かかっちゃうよ」  照れ隠しでそう誤魔化すと、今度は陽愛くんの片手が下へと移動したかと思うと、いきなり俺の足を掬い上げるように動いた。 「うわっ!」  突然のことにバランスを崩しそうになって慌てて咄嗟に陽愛くんの首の後ろへと腕を回して抱きついてしまった。  すると、陽愛くんの小さな身体のどこにそんな力があるのかと思うほどの動きで足を持ち上げられ、俺は座っている陽愛くんの膝の上にお姫さま抱っこされてしまった。 「ちょっ、ちょっと! 俺、重いから!」  俺よりも小さい陽愛くんに慌てて俺が退こうとすると、その陽愛くんに腰を押さえられてしまう。 「座ってるんだから平気だって……それより、どうしたの? その格好」 「さっきのケガした生徒の影武者」  抵抗するのを諦めて、俺はおとなしく陽愛くんの膝の上に乗ったまま今までの経緯を陽愛くんに説明した。 「くく……災難だったね、雪くん」  全てを聞き終えた陽愛くんが笑いを堪えながらそう言うので、俺は膨れながら答える。 「笑いごとじゃないよ。殆どこの格好のまま、逃げ回ってるんだから」 「ごめん……でも、その逃げてきたお姫さまが、何でこんな所で寝ている男にキスなんてするのかな?」  僅かに笑いを含んだような言い方で陽愛くんが聞いてきた。  いきなりさっきのことを振り返す意地悪な質問に俺は陽愛くんから顔を反らして下を向いてしまう。 「だって、陽愛くんが寝てたから……色々と陽愛くんが動いてくれてたんだなぁって思って」 「感謝の気持ちってこと?」  反らした顔を下から覗き込むように陽愛くんが顔を近づけてくる。 「それもあるけど……す、好き……だから。起きてたら自分からなんて出来ないと思うし」 「そっか」  陽愛くんは笑顔でそう言ったかと思うと、俺のカツラへと指を滑り込ませた。 「でも、どうせならこっちの方がいいな」  そして、陽愛くんの指が俺のカツラを軽く引っ張ると、散々動き回ったせいだろうか簡単に俺の頭から滑り落ちる。 「いつもの雪くんだね」  そう言って笑うと、陽愛くんの右手が俺の頬へと添えられた。  そのまま陽愛くんの顔が近づいてきたので、俺は条件反射で目を閉じてしまった。 「今日は……色々とありがとう」  そして、今まで言えなかったお礼を改めて囁くと、陽愛くんがクスッと小さく笑ったのを気配で感じた。  それに対して拗ねて顔を反らそうとすると、ちょっとのタイミングで陽愛くんの唇が俺へと重なってきた。 「ん……」  こうなってしまうと逃げるのは難しく、俺は陽愛くんの舌の動きに必死に応える。

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