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第60話 学園祭編8

 十分に深いキスを味わった陽愛くんが顔を離した時には俺はすでに陽愛くんの肩へと頭を預けてしまっていた。  そんな俺の頭を撫でながら、陽愛くんが話しかけてきた。 「ねぇ……雪くん」 「ん~……?」  心地よい陽愛くんの手に意識を委ねながら、俺はぼんやり返事をする。  すると、陽愛くんが少し躊躇ったかと思うと、真剣な様子で聞いてくる。 「俺達とこんな関係になったこと……本当に後悔してない?」  その言葉に俺は驚いて陽愛くんの肩から頭を離すと、真っ直ぐにその顔を見つめてしまった。  いつもマイペースで何事にも動じない陽愛くんがなんだか少し不安そうに見えて、悪いと思いつつも俺は笑ってしまった。 「馬鹿だなぁ……後悔してるくらいなら、狼が四人もいるあの家に、毎日帰るわけないでしょ?」  そう、今の俺達は理事長が用意してくれた一軒家で生活している。  それがいくら一時期的なものだとはいえ、本来の俺の家があるわけだから五人で生活するのが嫌だったらいつでも我が家に帰ればいいだけだ。  でも、それをしないのは通勤が楽だからとか、そんな単純な理由じゃない。  大好きなみんなと過ごせるあの家が俺にとって、とても大切な空間になっている。 「まあ、隙あらば襲ってこようとするのはなんとかして欲しいけどね」 「それはムリだ。だって可愛い雪くんが無防備に目の前にいるんだもん」  俺が今の素直な気持ちを全て伝えると、徐々に陽愛くんの顔も和らいできてそんな軽口を返してきた。  俺はそんな陽愛くんの頭を自分の胸へと抱き寄せる。 「陽愛くん、俺がみんなといるのはちゃんと自分の意志だから……大丈夫だよ」 「うん……」  次の瞬間、窓の外で大きな音と色鮮やかな光が広がった。 「あ……ラストの花火」 「うわぁ、やっぱりこれは毎年綺麗だね」  あまりに見事な花火に、俺は陽愛くんから少し身体を離して窓の外を見上げた。  うちの学校の学園祭の最大の魅力は、理事長の演出で学園祭ラストにあがる大量の打ち上げ花火だ。   この花火は学校関係者はもちろん、近隣の方にも好評で毎年恒例になっている。  学園祭ラストの近づきを教える花火を眺めていると、ポツリと名前を呼ばれる。 「雪くん」 「ん?」  振り返ると、陽愛くんが真剣な表情で見つめていたので俺も少し緊張してその顔を見つめかえした。 「あの五人で暮らしてる家のことなんだけど……」 「うん」 「もし、雪くんさえ良ければ、このまま……」  そう言って陽愛くんに両肩を掴まれたと同時に、騒がしい声とともに美術室の扉が開いた。 「お待たせ~!」 「大丈夫でした? 雪ちゃん」 「雪乃くんの着替え、持ってきたよ」  声で春樹、オキ、涼介の三人だとわかり、俺がホッとして声の方を向こうとすると、いきなり肩を掴んでいた陽愛くんに引き寄せられた。 「ああ~!」  あまりに突然で状況を理解出来ずにいた俺だったが、ドア付近から見事に揃って響いた三人の声と、自分の口の中へと滑り込んできた柔らかい感覚に陽愛くんにキスされているのだと気づく。  しかも、こんな濃厚なディープキスなんていつも#あの時__・__#にしかしないのに! 「んぁっ……んぅ……」  他の三人が見ている前での行為に、恥ずかしくて抵抗しようとするがそれすらも許さないように陽愛くんに舌を絡め取られ、俺の口からは甘い声しか出てこない。  しまいには完全に陽愛くんに身体を預けてしまった。 「俺の雪ちゃんになにしてんの! 山ちゃん」  そんな言葉とともに春樹が走ってきて、俺と陽愛くんを引き離した……と同時に、俺はオキに引き寄せられた。 「そうですよ! まあ、お前のじゃないけどな」 「オキのでもないだろ。雪乃くん、大丈夫?」  さらには涼介に、酸素不足で苦しそうになっていた顔を心配そうに覗き込まれる。 「大事なところで、タイミング悪くみんなが来るからだろ」  みんなから責められ、陽愛くんが不機嫌そうに言う。 「だからって膝の上にお姫さま抱っこはないでしょ! 雪ちゃんは俺とベストパートナーに選ばれたんだからね」 「どうせ、龍臣や南朋あたりの同情票だろ?」 「同情ってなんだよ!」  自慢気に言った春樹にオキが呆れたように突っ込むと、それに対して春樹が言い返すものだから収集がつかない。  もう、どうすんだよ~。  すると、一番年下の涼介が二人の言い合いを止めるように言った。 「二人ともいい加減にしないと、学園祭終わっちゃうぞ」  その言葉に春樹がいきなり俺の方へと向き直した。 「そうだった! 雪ちゃん、行こう♪」 「えっ、え……?」  笑顔で手を差し出され、俺はどうしていいかわからずに困ってしまう。  行くってどこに?  そんな俺の戸惑いに気づいた涼介が説明してくれる。 「花火を見に屋上に。みんなは校庭にいるから、特等席だよ」 「ちゃんと模擬店で食べ物も買ってありますよ。雪ちゃん、ゆっくり見れてないでしょう?」  オキが手にした袋を掲げたのを見て、急にお腹が減ってきたのを感じる。  この匂いは焼きそばだろう。  さっき、涼介のスコーンを食べたけど、今日は食事らしい食事は出来なかった気がする。 「よし、行くか、雪くん」  陽愛くんまでもが行く気になり、早々と椅子から立ち上がったので、俺は慌てて聞いてみた。 「この格好のまま? せっかく着替えがあるんだし……」 「着替えなんてしてたら花火終わっちゃうよ!」  そう言って春樹に右手を掴まれる。 「僕もこのままの格好だし、大丈夫だよ」  いや、陽愛くんはカッコイイスーツ姿だからいいだろうけど……。  そう言いかけたが、すでにみんなは屋上に向かう準備をしていて、俺の腕も引っ張られる。  あ~……もうこうなったら諦めるしかないか。この四人が揃って、勝てた試しないもんな。 「……わかったよ。その代わり、誰かに見つかりそうになったらなんとかしてよ!」 「よし!」  そう言うと、いきなり春樹が俺を抱き抱えた。 「えっ、ちょ……ちょっと、なに?」  驚いて俺が下りようとするが、春樹はしっかりと俺を抱き締める。 「雪ちゃん、足ケガしてるんでしょ? 涼介から聞いたよ。俺が踊らせたり、走ったりさせたからだよね……ごめん」  しゅんとした様子で謝られ、俺は慌てて慰める。 「いや、あれは俺も楽しかったから。春樹のせいじゃ……」  うん、俺が痛みを隠してたせいなんだから春樹のせいじゃない。  せっかくの時間を終わらせたくなくて、俺が何も言わなかったんだから。 「ありがと……でも、お詫びに俺が雪ちゃんを屋上まで運ぶから!」 「いやいや、俺重いし! お前、細いんだから無理するなよ」  そう言って、やめさせようとしても春樹は俺を下ろしてくれない。 「大丈夫、力あるし! それに、雪ちゃん気にするほど重くないよ? 男としては平均でしょ。でも、その代わり暴れないで協力してよ」  そんな言われ方したら抵抗出来ないじゃん。  俺が大人しくなると同時に、みんなで急いで屋上へと向かう。

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