53 / 405
第53話
「―――虎汰ッ、いま何か言った?」
「いえっ、何も言ってませんッ!!」
男顔負けの迫力で虎子が凄むと、虎汰は慌てて自分の飯に手をつけ始める。どうやらこいつは相変わらず妹には弱いようだ。
普段は虎子に悪態ばかりつくが、こいつはこいつなりに妹のことを想っている。その証拠にこうして虎子の言うことには素直に従うのだ。
虎汰が自分のものを食べ始めたのを皮切りに、他の連中も漸く箸をつけ始める。
だが単品のものも含めどれも一口分だけ手をつけた形跡があったのを見て、皆がチィに食わせたのだと容易に想像がついた。
だとすると結構な量を食ったことになる。俺はチィの腹にそっと手を当てて膨らみ具合を確かめてみた。
「……チィ、食い過ぎだ」
案の定、チィの腹はその小さい身体に不釣り合いな程パンパンになっていた。これだけ膨れていればかなり苦しいハズだが……。
俺が食うのを止めさせるとチィは哀しそうな顔をして俯いてしまった。もう今後こんな飯にはありつけないかもしれないと思い込んでいるのだろう。
「チィ、明日は何が食いたい?」
「………あし…た…?」
「あぁ、明日だけじゃない。明後日も明明後日もチィの好きなものを食わせてやる」
そう言うとチィが顔を上げてパアッと表情が明るくなった。やはりこいつは食い溜めしようとしていたようだ。
でも明日も腹いっぱいに食えると知って安堵したのか、食べるのをピタリと止め目を擦り始めた。
「……眠くなったか?」
お手拭きで顔や手を拭ってやりながら尋ねると、遠慮がちにコクンと頷く。俺に凭れさせて寝てろと自分の胸に頭を押し付け背中を擦ってやれば、チィは瞬く間に眠りに落ちた。
「悪い煌騎、こいつがあんまり美味そうに食うからついいっぱい食わせ過ぎた……」
申し訳なさそうに口を開いたのは流星だった。
何かと思ってそちらを見ると、今度は虎子が謝罪の言葉を継いだ。
「私も注意力が足りなかったわ。チィが今までろくに食事も与えられてなかったというのを失念してた、ごめんなさい……」
「お前らが何を謝ってんのか知らないが、こいつは腹いっぱい食わせて貰って喜んでた。なら、それでいいじゃないか」
くだらない事で謝るなと言うと、よほど気に病んでいたのか皆ホッと息を吐いた。
確かにテーブルの上に並べられた食事の減り具合を見ても、身体が小さいチィが食べる量にしては極端に少なすぎる。
これで気付けという方が無理な話だ。腕の中で眠るチィの顔を見ると、幸せそうに微笑んでいた。
―――こいつが幸せならそれでいい。
穏やかな気持ちでその顔を眺めていると、和之が声を掛けてきた。
「煌騎、早速で申し訳ないんだが……警察で仕入れた件で急ぎ報告したい事がある」
「…………わかった、聞こう」
周りを見ても俺たち以外に客はいない。閉店時間をとっくに過ぎているのだから当然と言えば当然だが、虎汰と虎子の実家ということもあり今は延長して貰っている。
誰に気兼ねすることもなく、俺たちは外では口外できないような内容の話を始めた。
ともだちにシェアしよう!