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第58話

ボクは内心冷や汗を掻きながら、どうして彼が既にそれを知っているのかと不思議に思っていると、流しで手を洗い終えた虎汰が意気揚々と目の前に現れた。 「ん、どしたの?」 コトの経緯を知らない彼は呑気に両手をブンブン振って水気を飛ばす。その仕草がとても無邪気で愛らしい。こういう時、可愛いって罪だなぁと思った。 ボクならすぐに許してしまう。 だけど後ろに立つ怖いモンスターは普段から見慣れてる所為か、それとも同じ男だから何とも思わないのか許す気はサラサラなさそうだった。 「………虎汰、テメェ…まさかさっきの言いふらして回ってんじゃねーだろな」 煌騎の地を這うような低い声色にボクは竦み上がる。なのに当の虎汰はヘラヘラと笑いながら「あぁ、そのことかぁ!」と呟いた。 「うんっ、もう全員に話したよ? だってこんな面白い話、俺が黙ってるワケないじゃあん♪ 」 虎汰はちっとも怖くないのか先ほどから動じない。 それどころか彼を煽るような言動ばかりを繰り返す。 いや、違う。虎汰は煌騎が本気で怒っているのに気が付いてないんだ―――…。 このままじゃまたケンカになっちゃうと思ったボクは、咄嗟に流星くんの腕から飛び降りて煌騎の腰辺りにムギュッと抱き付いた。 「―――ッ!?」 「煌騎、ボクお腹すいた…の……ご飯、食べよ?」 「………………ハァ、わかった」 見上げると彼は長い葛藤の末、渋い顔をしながらも頷いてくれてホッと胸を撫で下ろす。何とか場を収められたと安堵していると、横に立つ和之さんが感心したように呟いた。 「スゴいなチィ、キミがいればチーム内のケンカが随分と減りそうだ」 「ホント、大した奴だぜ! 俺は機嫌の悪ぃ煌騎の前になんかぜってー立てねーよっ」 「……ん? アレ? ちょっと待って、俺もしかして今チィに助けられたの!?」 流星くんも感嘆の声を漏らす中、漸く事態を把握したのか虎汰が青褪める。気付くの遅せーよと周りの皆が笑って彼を小突いた。それでケンカはおしまい。 和之さんは朝食を用意するから座って待っててと言い残し、キッチンへと姿を消した。流星くんはしつこく虎汰の頭を小突きながらも、自分たちの指定の席に着く。 それを呆然と見守っていると今まで我関せずを貫き通していた朔夜さんが、億劫ながらもボクに人差し指で空いている席を教えてくれた。

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