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第86話
虎汰の言う“根回し”とは何のことだろうかと不思議に思い、煌騎がどう返すのかをジッと待つ。
すると彼は"分かった”とだけ短く応え、後は和之さんが出してくれた珈琲に手を伸ばして口をつけた。どうやら話はそれで終わってしまったようで増々頭を傾げる。
「今日は煩いのがいないからゆっくりできるな?」
「ーーーう?」
見兼ねたのか虎汰の右隣に座っていた朔夜さんに声を掛けられ、油断していたボクは反射的にピクンと身体を跳ねらせてしまった。
自分に向けられたのじゃないと分かってはいるのだけれど、からかいの言葉に過剰反応してしまって焦ってしまう。
どうお返事しようか悩んでいると、流星くんが不機嫌な態度で朔夜さんを睨んだ。
「おい、ウルセェのって俺らの事かよ……」
「フンッ、他に誰がいるっていうんだ? 当たり前の事をいちいち聞くな」
「………テンメェ、このヤロッーーー…」
ガタンッと流星くんが立ち上がると同時にテーブルが揺れ、食堂に不穏な空気が流れる。
けれどキッチンから両手に朝食を携えた和之さんが戻ってきて、彼の動きがピタリと止まった。
「や……和之これは違うんだっ、その……ほらっ、朔夜が余計な事を言うからさっ、ついカッとなって」
先ほどの勢いは何処へいったのか、流星くんは額に滝のような汗を掻いて苦笑いをする。だけど和之さんはそちらに見向きもせず、笑顔のままボクと煌騎の前に朝食のプレートを置いてくれた。
でも彼が静かに怒っているのはボクでも何となく分かる。だから口を挟まず事の成り行きを見守った。
「ハァッ…………この狂犬がっ、無駄吠えばっかしてんじゃねーぞ。たまには黙って大人しくメシが食えねーのかっ」
そう地を這うような恐ろしく低い声で、けれども表情は笑顔のまま和之さんが流星くんに言う。
途端、ボクは竦み上がってしまった……。
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