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第87話

優しい彼しか知らなかった為、それを聞いた瞬間ガタガタと身体が震え始める。握ったスプーンをポカシャンと床に落としてしまった。 咄嗟に殴られると思ったボクは両目をぎゅっと固く瞑ると頭を抱え、訪れるその衝撃に構えた。 けれども幾ら待っても痛みがやって来ない。 どうしたんだろうと薄っすら片目を開けて辺りを窺えば、和之さんや流星くん、そして虎汰や朔夜さんも悲しそうな顔をしてボクを見ていた。 「ごめんチィ、怖がらせてしまったね。この中じゃ俺が1番しっかりしないとなのに……大人気ない事をした。本当にすまない」 「いやっ、流星をからかい始めたのは俺だから……ごめんなチィ」 そう言って事の発端となった朔夜さんまでが謝り出して、皆に頭を下げられたボクは困惑してしまう。だってスプーンを落っことしたのに、誰も怒らないのだ。それどころか皆なんでか自分が悪いと言って謝ってくれる。 ワケが分からなくて狼狽えていたら、虎汰が身を屈めてボクの落っことしたスプーンを拾い、それを「はい」って言って笑顔で和之さんに渡す。 すると彼もこくんと頷くとそれを受け取ってキッチンに戻り、新しいスプーンを持って戻ってきてくれた。 「チィ、あのね? 物を落としても替えは幾らでもあるし、なければ洗えば済むだけの事なんだから気にしなくてもいいんだよ」 「ボク、お仕置き……されない…の?」 「しないよ、そんなこと。ここにいる皆だってそうだ」 「あぁ、俺も絶対チィには手を上げたりしねぇ!」 「……ど…して?……ボク…悪い子……スプーン、落っことした……のにっ―――…」 必死で言い募る和之さんと流星くんに目頭が熱くなり、その先の言葉は出なかった。 突然横から腕が伸びてきて身体ごと掬い上げられ、気がつけば煌騎の膝の上に座らされぎゅうっと抱き締められていたから……。

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