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第105話

その時、煌騎の表情が険しいものになったのにボクは気づかなかった。ただ彼女の言葉を鵜呑みにし、そのまま信じてしまう。 そして上手く虎子ちゃんに話を逸らされ、いつの間にかまた学校の話題で夢中になっていた。 「………アイツらは害がない……ね」 ぼそりと煌騎が消え入りそうなほど小さな声でそう呟いたけど、それは完全に周りの雑談の声で掻き消されてしまう。 学校に通えることがあまりに嬉しくて、この時は自分の置かれている立場も忘れて少し浮かれ過ぎていたのだ。 もっとボクにも考える力があったら、これから起こる事も未然に防げたかもしれないのに……。 本当に何も知らない無知なボクは、この後も煌騎たちに度々迷惑を掛け続けることになる。 「そろそろ学校に着く。チィ降りる準備をしておけ」 不意に外に目を向けた煌騎が言う。声に反応して振り返ると、窓の外に開放された大きな門が現れた。 その奥には真っ白な建物も遠くの方に見える。 「わぁ、…おっきいねぇ……」 「一応マンモス校だからな。校内では絶対に虎汰か虎子の(そば)から離れるなよ?」 ひとり歓声を挙げると煌騎はボクの頭をクシャクシャと少し乱暴に撫でた。学校では学年が違うから彼とは一緒にはいられない。 だからか煌騎は昨日から同じ事を何度も繰り返しボクに言って聞かせていた。主な理由はボクが迷子になるからだそうだ。 というのは建前で本当は何かしらの事情があったらしいのだけど、残念ながらそれを知る事は出来なかった。 彼はどれだけボクを子ども扱いするのだろうなどと呑気にも思い、目の前の校門を見て妙に納得してしまう。 だから安心させてあげようと素直に頷いた。 「うんっ、わかった!」 「フッ………いい子だ」 それを見て満足そうに煌騎は口端を上げ、またボクの頭を撫でる。けれど今度は褒められた事が純粋に嬉しくて、ニコニコと満面の笑顔になった。 「チィは本当に煌騎の事が好きなんだな……」 堪らずといった感じで朔夜さんがフッと小さく笑って吹き出す。でもはっきりと聞き取れなかったボクはきょとんと首を傾げてしまった。 「………う?」 「クスッ、聞こえなかったのなら別にいいよ」 彼は直ぐに興味を失ったのか無表情な顔に戻ると前を向く。 その姿を見ながら普段は滅多に見せない笑顔なだけに、朔夜さんの言葉を聞き逃した事を酷く後悔した。

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